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シーツがまだ熱を残している。
遥はうつ伏せのまま、息だけをしていた。
背中に蓮司の視線が突き刺さる。
だがもう、何も感じない。感じないようにしている。
「……で?」
蓮司が、マグカップを片手に、低く笑う。
「今日のは、“泣き顔サービス”だった?」
遥は何も言わない。
薄い毛布を引き寄せる指先が、わずかに震えていた。
「ちがうか。……まあ、泣くフリも上手くなったよな、おまえ」
静かな音だった。
でも、遥には爆音のように響いた。
「泣いてねぇ」
蚊の鳴くような声だった。
虚勢とも言えない、それすらも“演技になってしまった”声。
蓮司はその声に、興味深そうに目を細めた。
「ふぅん。でも、目、赤かったよ」
「……」
「さすがに“演技”ってことにしといた方が楽か。──じゃなきゃ、マジで気持ち悪いもんな」
遥は、顔を伏せたまま拳を握った。
「おまえさ、ほんとは──」
「やめろ」
言葉を遮る声に、蓮司がくすりと笑う。
「なにが“やめろ”だよ。聞いてもねぇのに勝手に見せといて。勝手に媚びて。勝手に壊れて、勝手に縋って。で、“やめろ”? ……おまえって、ほんとバカだな」
遥の呼吸が乱れる。
「ちがう、そんなつもりじゃ……」
「じゃあ、どんなつもりだったの?」
すぐに返されるその言葉に、遥は答えられなかった。
蓮司は、コップを机に置いて、煙草に火を点ける。
「──“好きすぎて壊れそう”とか言ってたけどさ。あれ、ウケたわ」
煙の向こうで、声が笑う。
「本気で言った? あれ。“泣きそうな顔で”。……演技にしては下手だったな。もっと脚本練っとけよ」
遥はうずくまるように丸くなる。
その背中に、蓮司は一歩近づいた。
「でも、おまえのそういうとこ、面白いから──俺、嫌いじゃないけど」
吐き捨てるような声音。
それでも、遥は怒れなかった。
怒るより先に、体が冷えていた。
「……なんで、俺んとこ来んの?」
蓮司が問う。
別に答えを欲してるわけじゃない。
ただ、観察対象が発する“次のノイズ”を、聞いていたいだけ。
「お前、日下部のとこ行けばいいじゃん。あっちは真面目にお前見てるぞ」
遥は、唇を噛んだ。
「……やめろ」
「なにが? “日下部の名前”?」
蓮司は煙を吐きながら、遥を見下ろす。
その目には、何の感情もない。
ただ、「人形の壊れ方」を見て楽しむ“観客”の目だ。
「……でも、いいと思うよ。ああいう奴、ちゃんとおまえ抱きしめてくれるタイプじゃん」
遥は顔を上げた。
「──やめろって言ってんだろ」
その声には、怒りも、憎しみも、なかった。
あるのは、“自分の中の何かを守りたい”という必死さだけだった。
蓮司は少しだけ首を傾けて、それを観察していた。
「さ──それって、どっちの“やめろ”?」
「……?」
「“俺が言うのをやめろ”か。“お前自身が考えちまうのをやめろ”か。どっち?」
遥は、何も言えなかった。
「ま、どうでもいいけど」
蓮司は煙草をもみ消して、
そのままベッドを離れる。
「──明日も来るんだろ?」
遥は小さく頷いた。
そうするしかなかった。
蓮司は笑う。
何の情もない、ただの好奇心と残酷さだけが滲む、歪な笑みだった。
「壊れ方、もっと面白くしてきてよ。飽きんのだけは、ダリィから」
扉が閉まったあと、遥は布団を握りしめた。
震えていた。
泣いていない。
でも、泣けなかっただけだ。
──こんな自分を、いつから“演じてる”と思い込んできたんだろう。
──もしかして、ずっと前から“本当にそう”だったんじゃないか。
わからない。
ただ、わかってしまったのは──
“壊れてる”と思ってた自分が、
“壊れたふりをしている”だけだったかもしれないという、
もっと救いようのない事実だった。