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生成りのレースカーテンからは柔らかな朝日が差し込んでいる。骨ばった男の指先に抱えられ上下する程よい肉付きの白い太腿。アイアンフレームのベッドが軋む度に埃がキラキラと光を放つ。女の喘ぎ声。
「あ、あ」
淡いグレーのベッドシーツにだらりと垂れる赤い爪の指。
熱を帯びた吐息がリビングに充満した。
「どうでしたか?」
「夜勤明けって燃えちゃうよね」
「同意します」
「ふふ」
女はマットレスに肘を突くと緩やかに身を起こし、フローリングに脱ぎ捨てられた黒い花模様のブラジャーを着け、揃いのパンティに脚を通した。
パチン!
両指でパンティのゴムを伸ばして離す。
トントン!
軽く飛び上がり俯き加減になると脇の肉をブラジャーのカップへと収めた。
「女の人の身体って流動的ですね」
「あら、源次郎のソコだって変幻自在じゃない」
男は顔を赤らめ、掛け布団で下半身を隠した。
「ふふ。ベッドの中では猛獣なのに、昼間はにゃんこちゃんみたいね」
「そ、そうですか」
「そ、ソコがまた堪らないわ」
その時、インターフォンが鳴った。暫く無視を決め込んだがそれは連打され女のこめかみには青筋が立った。
廊下を力強く踏み締め、玄関ドアの前で仁王立ちする女。
「おい、テメェ!そこに居るのは分かってんだ!ドアを開けろ!」
玄関ドアの向こう側では、マンションの隣人や同じ階の住民への配慮など微塵もなく、まるでガサ入れの如く喚き散らす男の声が廊下に響いた。
「捜査令状は!」
「そんなモンはねぇ!」
「なら、帰れ!」
「このドア開けねぇと、鍵穴ぶち壊すぞ!」
カチャ、ガチャ。
その細い腰のホルダーから有り得ない物を取り出している音がする。
「あぁ、もう!」
そこにはニューナンブM60警察官が装備する銃を構えた阿呆が立っていた。まさか本気で鍵穴を撃つ気ではあるまいな、呆れて言葉も出ない。
井浦 結いうらゆい(52歳)
石川県警捜査一課 警部補
彫りが深く骨ばった頬、やや尖った顎、スッと通った鼻筋、黄色みがかった肌、耳は薄く小さい。
薄茶グレージュの髪は緩やかなパーマヘアでバックに流し、襟元は短く整えられている。眉は細く横に引き締まり、二重切長薄茶の瞳、唇は薄い。
細身で身長185センチ。
視力は弱く老眼もやや入り、常に赤っぽい鼈甲の細いフレームの眼鏡を着用、ベージュのトレンチコートがマストアイテムだ。
「またおまえか」
「あんたこそ、性懲りも無く毎回、毎回」
「うるせぇ」
井浦結、名前だけ聞けば可憐な少女を連想するが中身は獰猛なドーベルマンだ。しかも口が悪い、自分勝手で横暴、人の迷惑も顧みない。
短所しか思い付かない。
井浦は細い暗い廊下の奥、カーテンの明かりが漏れるリビングの方向を黒い革靴で爪先立ちして覗いた。女がその視線を遮る。
「不法侵入で県警に凸電するわよ!」
「きゃんきゃんウルセェな!」
「あんたも大概、うるさいわよ!」
「チワワみたいな顔しやがって、その早口言葉みたいなテメェの名前、何とかしろ!」
「そんなの私の爺さまに言いなさいよ!」
「爺さん!」
「そうよ、爺さまが名付け親よ!」
「名付けジジィか、妖怪みたいだな!」
「黙れ!」
佐々木 咲ささきさき(29歳)
北陸交通タクシー配車センター勤務
色白で丸顔、髪は漆黒、小さな耳がチラリと覗く顎までの長さのワンレングス、襟足は短く刈り上げられている。
丸いカーブを描いた眉、二重で黒目がちなつぶらな瞳、鼻筋はやや低く、口元はぽってりとふくよか。
健康的な中肉中背、女性的なライン、特に胸は豊かだ。
ふと、井浦は目の前の女体の神秘をまじまじと爪先から頭の天辺まで眺めると腰の手錠に手を掛けた。
「佐々木咲、公然わいせつ罪で逮捕する!」
「彼氏の家で脱いでて何が悪い!」
「脱ぐような事をしたのか!」
「事後よ!」
「事故!」
「耳まで老化したんじゃ無いの!?セックスした後って言ってるの!」
「せ、せっくす」
「赤い顔すんな、キモいな!」
井浦は理由は分からないが独身である。
彼女が居たとか離婚したとか、女性に纏わる浮いた話は一切無い。
「く、くそっ!」
「何、悔しがってんのよ」
言葉に詰まったが大きく息を吸い、再び傍迷惑な大声でその名を呼んだ。
「しまじろー!居るんだろ!入るぞ!」
「あ、ちょ」
革靴をポイポイと脱ぎ散らかす。咲は仕方ないとため息を吐きながら、それを左右に揃え玄関ドアの鍵を回した。
開け放たれたカーテン。
朝日が差し込むキッチンで黒いTシャツとハーフパンツ姿のしまじろーはコーヒーメーカーのスイッチを入れ、お揃いの三個のコーヒーカップをトレーに並べて微笑んだ。
井浦はベージュのトレンチコートを脱ぐと焦茶の革のソファーに投げ、咲はそれをむんずと掴むと木製のハンガーに掛けた。
「井浦さん、おはようございます」
「おう」
「気持ちの良い朝ですね」
「俺はチワワに吠えられて気分最悪だがな」
その目は白いワイシャツにグレーに濃灰の細かい縦縞のタイトスカートを履いている咲を一瞥した。
「勤務後に一発タァ、元気なこって」
「あんた、源次郎の勤務表でも持ってんじゃないの?」
井浦は焦茶のスーツの胸ポケットから折り畳んだ白い紙を取り出して咲に見せて寄越した。それを開いた眉間に皺が寄った。
「なんであんたがこれ持ってんのよ」
「しまじろーがコピーしてくれたんだ」
「あ、井浦さんが欲しいって言ったのでコピーしました」
「源次郎、バカなの!?」
「え」
「これからもこ、い、つ、はこうやってイチャコラしている所に乱入して来るわよ!」
「ふふん」
「ふふんじゃないわよ!」
リビングに苦みを含んだ香ばしいコーヒーの匂いが広がった。
お揃いのザラっとした質感の深緑のコーヒーカップに注がれる焦茶の液体。少し透き通り縁は赤茶色、それは彼の瞳と良く似ていた。
島畑 源次郎しまばたげんじろう(35歳)
北陸交通タクシードライバー
佐々木 咲と交際1年
逆三角形の健康的な肌色の面立ち、髪は自然な焦茶で軽めのツーブロック、全体的に緩いパーマ、普段はヘアワックスで無造作に流している。
眉毛は横に長く、目は二重、焦茶の小さめの瞳、鼻筋は通り小鼻は小さく、唇は程よい厚さで全体的にバランスが良い。
井浦とは数年前の自身が起こした交通人身事故の現場検証で出会い、以来纏わりつかれ、愛称しまじろーと呼ばれている。
咲は井浦を毛嫌いするが、源次郎はそうでもない。
「それで、今度の事件は何ですか?」
「あぁ、偏愛的嗜好か、遺体の一部だけが刺された遺体が埋まってた」
「何処に」
「河北潟の蓮根畑だ」
井浦は度々こうして源次郎に捜査協力の依頼をする。
捜査情報漏洩は許されざる行為だが、源次郎は以前起こした人身事故の際に井浦に恩があり、この件に関しては絶対に口外しない。咲は井浦から口止め料をたんまりせしめているので貝のように口を閉ざしている。
そこまで口にした所で胸ポケットからピーピーピーと呼び出し音が鳴った。
井浦は眉間に皺を寄せ「チッ!」と舌打ちすると携帯電話を手にソファから立ち上がった。ドーベルマンがガウガウと噛み付いている。ご愁傷さまだ。
スピーカーフォンの向こうで誰かが怒鳴っている。
コーヒーカップを握るとやや温くなったコーヒーをぐいっと飲み干し木製ハンガーからベージュのトレンチコートを剥ぎ取った。
「何か、あったんですか」
「駐車違反」
「は?」
「俺の捜査車両が駐車違反でしょっ引かれそうなんだと!」
「また、なぜそんな」
「交差点の左折レーンで渋滞起こしてんだと!」
「ばっかじゃないの!」
「うるせぇ、チワワは大人しくベッドの上でキャンキャン言ってろ!」
井浦は「また来る」と言い残して革靴の音もうるさく玄関ドアを後ろ手に閉めた。咲は大きなため息を吐きながら施錠する。
「源次郎、何であんなのと付き合ってんの」
「面白いからです」
「それだけ?」
源次郎はベッドに腰掛け、咲を手招きした。
「僕がドライバーになりたての頃、人身事故を起こした話はしましたよね」
「うん」
「実は相手の男性が当たり屋だったんですよ」
「当たり屋」
「そう、これです」
頬に爪先を当てると上から顎に向かい斜めに筋を走らせた。
「あぁ。それ系の当たり屋」
「はい」
「で、なんでそこに捜査一課がしゃしゃり出て来るのよ。」
「その数日前にその男が傷害事件を起こして井浦さんたちが探していたんです。」
「なるほど。」
「井浦さんの口添えもあって、免停を免れました」
「免許停止」
「はい」
「ドライバーの免許停止は=無職みたいなものです。」
咲は呆れた表情で無邪気な笑顔を見下ろした。
「源次郎、運転技術も猛獣なの?」
「若い頃は結構、色々とやらかしていましたね」
「意外」
「今では落ち着きましたけどね」
「落ち着いて無いじゃん」
源次郎の手はタイトスカートの中に差し込まれ、これまでの優しげな瞳の色は形を潜めた。
「本当は猛獣なんでしょ」
「どうでしょうか」
咲は這い上がる快感に身を任せながら、井浦と源次郎は結局似た者同士なのだろうと、熱いため息を吐いた。