「ちゃんとええ子にしとくんやで」
玄関でシューズを履きながら、侑は🌻の頭をわしゃっと撫でた。
いつもより少し声が低いのは、試合前の集中モードに入っている証拠。
「ぱぱ、ばれー?」
「せや。今日は大事なやつや」
🌻はよく分かっていないながらも、「大事」という言葉の雰囲気だけを感じ取って、こくんと頷く。
🌸はその様子を見ながら微笑んだ。
「頑張ってね、侑」
「おう。終わったらすぐ帰るわ」
そう言って、侑は🌻のほっぺに軽く口付ける。
「ええ子にしとったら、あとで高い高いしたる」
「たかい!」
その一言で満足した🌻に手を振って、侑は家を出ていった。
——その背中を見送った後。
🌸は、そっと時計を見る。
(……間に合う、よね)
「🌻、お出かけしよっか」
「おでけ?」
「内緒のお出かけ」
🌸が声を落とすと、🌻はぱっと目を輝かせた。
「ないちょ?」
「うん、パパには内緒」
🌻は意味も分からず、でも“特別”な響きにわくわくしたように笑う。
「ぱぱ、びっくり?」
「ふふ、びっくりするよ」
そう言って、🌸は帽子を被せ、小さなリュックを背負わせた。
行き先は——
宮侑の試合会場。
⸻
こう見えて数週間前にはチケットを購入していた。侑にはバレない端っこの席。
会場はすでに人でいっぱいだった。
応援の声、シューズが床を擦る音、独特の緊張感。
🌻は少し驚いたようにきょろきょろしながら、🌸の手をぎゅっと握る。
「おおきい……」
「びっくりしたね。でも大丈夫だよ」
席に座ると、ちょうどコートではウォーミングアップが始まっていた。
——その中に。
「あ」
🌸の視線の先、
ユニフォーム姿の宮侑が、いつもよりずっと真剣な顔でボールを触っている。
🌻も、それに気づいた。
指を伸ばして、小さく声を上げる。
「……ぱぱ」
🌸は思わず息を呑んだ。
「しー……内緒だよ」
🌻は慌てて口を押さえる。
「……ないちょ」
その仕草が可愛すぎて、🌸は思わず抱き寄せた。
⸻
試合が始まる。
「ナイスサーブ!」
「決めろー!」
歓声が上がるたび、🌻はびくっとしながらも、じっとコートを見つめていた。
そして——
宮侑がトスを上げる。
高く、綺麗な軌道。
スパイクが決まった瞬間、会場が揺れた。
「うわぁ……」
🌻は目を丸くして、ぱちぱちと拍手をする。
「ぱぱ……すご」
🌸の胸が、きゅっとなる。
「そうだね。パパ、すごいね」
🌻は嬉しそうに何度も頷きながら、小さな声で繰り返す。
「ぱぱ、すご」
「ぱぱ、ばれー」
🌸は🌻の姿が微笑ましかった。
——侑には、見えていない。
でも確かに、ここに応援団がいる。
試合は白熱し、最後の一点。
宮侑のトスから、見事な決定打。
勝利。
会場が歓声に包まれる中、🌻は立ち上がって手を振った。
「ぱぱー!」
🌸は慌てて🌻を抱き上げる。
「だめ、内緒!」
……だが。
その声は、小さかったが、
ちょうどコート端にいた宮侑の耳に、確かに届いた。
「……?」
宮侑は、はっと顔を上げる。
観客席をじーっと見つめ、
——そして、見つけてしまった。
帽子を被った🌸と、
その腕の中で、必死に手を振る小さな存在。
「……は?」
一瞬、思考が止まる。
「……え、なんで……?」
『侑、ボケッとすんな!』
『侑、ほら挨拶』
周りの選手に引っ張られた侑はしばらく固まっていた。
驚きと同時に、胸の奥が一気に熱くなる。
試合後、ロッカーへ向かう途中、
宮侑は周囲も気にせず2人の元へ駆け寄った。
「お前ら……!」
🌸は少し気まずそうに笑う。
「……内緒で、来ちゃった」
「なんでや!危ないやろ!」
そう言いながらも、声は怒っていない。
🌻は侑を見上げて、にこっと笑った。
「ぱぱ、かった」
「……」
宮侑は、言葉を失った。
「……見とったんか」
「うん」
🌻は誇らしげに頷く。
「ぱぱ、すごかった!!!」
その瞬間。
宮侑は🌻を思いきり抱き上げた。
「……あかん!!!!反則や……
そんなこと言われたら……」
🌻はきゃっと笑い、🌸はその様子を見てそっと目を伏せる。
「……ごめんね」
「……ええわ」
宮侑は照れ隠しみたいに言った後、
小さく、でもはっきりと続けた。
「……来てくれて、嬉しかった」
🌸は微笑んで、そっと頷いた。
その日、
宮侑は“最高の応援”を背負って、
一生忘れられない試合をした。






