「ねえ、月が綺麗ですねって、有名な告白の文句があるじゃないですか」
「あれ、星が綺麗ですねって言っても同じ意味になるらしいですよ」
彼女はこちらを見やって、微笑む。
そういえば、今日は新月だったなと、夜天を仰ぎ見る。
「へー、そうなんですね。」
私は適当な言葉を返す。
彼女は可笑しげに笑みを深めてから、口を開く。
「だから、改めて言います」
「『星が綺麗ですね』」
二人の間に暫しの沈黙が流れる。
波のさざめく音だけが響く時間。
星明かりが、星明りだけが、彼女の白くて長い髪を照らす。
微笑みかけて、でも再び視線を戻して、ゆっくりと歩みを進める彼女。
「待って、私も。」
彼女に先に行ってほしくなくて、焦って、咄嗟に言葉が口をついて出た。
彼女は歩みを止め、驚いた表情でこちらを振り返った。
「愛してるよ。」
「…」
「っふふ。」
嬉しかったのか、ベタで、馬鹿らしくて、可笑しかったのか、彼女は笑いをこぼす。
そして、こちらに駆け寄って、目の前に立ち止まる。
「ありがとう、あたしもです。」
そう言った後、彼女は私の腕を掴む。
そして、その腕を半ば強引に引いて、くらいくらい夜の海に向かって走り出す。
数メートル走ると、足にひんやりとした感触を覚える。
ああ、私はこれで。
「ねえ、ゆかりさん。」
不意に彼女は足を止めて、話す。
「来世でも、絶対に私を照らす月になってくださいね!」
「…はい。」
「あなたのこと、死ぬまで愛していますから!」
彼女はそう言い遺し、深い方へと去っていく。
私もその後を追って、前方へと、命の終わりへと、ゆっくりと進んでいった。
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