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ガラクタって、
たいてい捨てられた後の方が静かだ。
役に立たない。
使い道がない。
だから、誰にも触られない。
……なのに。
人の形をして、
自分で立って、
堂々と邪魔をするガラクタがいるなんて、
この日まで知らなかった。
バスが、止まったまま動かない。
「……お客さん?」
運転手の声が、少し低くなる。
後ろから、空気がざわついた。
「早くしてよ」
「小銭もないの?」
わたしは吊り革につかまったまま、前を見る。
運転席の横。
一人の男が、立ち尽くしていた。
財布を開いて、閉じて。
スマホを見て、また閉じる。
――あ。
この人、完全にポンコツだ。
「……すみません」
小さな声。
でも、その次の行動がない。
「現金か、交通系ICです」
運転手が言う。
「……その、使い方が……」
後ろがざわつく。
「冗談でしょ」
「今どき?」
男は眉を下げたまま、固まっている。
わたしは一歩前に出た。
ピッ。
カードをかざす音。
「……二人分で」
「ありがとうございます」
バスが、ようやく動き出す。
男が、信じられないものを
見るみたいな顔で、
わたしを見た。
「え……? 今の……」
「バス代」
「見て分かんない?」
「……」
「降りる時、返して」
「……はい」
返事だけは、やたら素直。
バスを降りて、家に向かって歩く。
後ろから、足音。
一定の距離。
近い。
「……なに?」
振り返る。
男が、少しだけ離れた位置で立っていた。
「ストーカーだったりする?」
「ち、違います!」
即答。
でも安心材料はゼロ。
「……道が、分からなくて」
「ここ、住宅街だけど」
「……人、住んでるんですね」
「は?」
思わず立ち止まる。
「……思ってたのと、違って」
「何が?」
「世界、です」
……ああ。
箱に入れて育てられたガラクタだ。
「で、何しに来たの?」
「……家出です」
軽っ。
「家出?」
「はい」
今日の天気の話みたいに言うな。
「お金は?」
「……ないです」
「知識は?」
「……ないです」
「常識は?」
「……今、勉強中です」
どこから?
「……あんたさ」
わたしは、思わず笑った。
「世間知らずにも、ほどがある」
男は、なぜか少し安心した顔をした。
「……そう、ですよね」
胸を張るな。
「で?」
歩き出す。
男が、慌ててついてくる。
「ついて来ないで」
「でも……」
「置いてくよ?」
「……置いていかないでください」
必死な声。
わたしは立ち止まって、振り返った。
「言っとくけど」
近づいて、顔を覗き込む。
「わたし、優しくないよ?」
男は、少し考えてから言った。
「……それでも」
その目が、まっすぐこちらを見た。
――あ。
この人。
磨けば光る、とかじゃない。
分解しないと使えないタイプだ。
「……はあ」
わたしは、家の方向を指した。
「とりあえず来て」
「はい」
即答。
その瞬間、
わたしはまだ知らなかった。
このポンコツが――
財閥の御曹司だということも。
そして。
このガラクタが、
わたしに夢中になる未来も。