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これまでの話は全て少ない『冥探偵』の話だ
これからは『冥探偵』の謎に迫ろうか
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「……黄泉國さん。あなた、本当はもう、この世界にはいないんでしょう」
深夜の探偵事務所。月明かりだけが差し込む薄暗い部屋で、僕は誰も座っていないはずのデスクに向かって語りかけた。
黄泉國 尊。
人との関わり方がどこか異常で、他人の感情の機微を理解しているようで、その実、自らの心は完全に凍りついている男。
上京して2日目、行くあてをなくした僕を拾い、真顔のボケでいつも煙に巻いていた男。
その男の正体に、僕は最初から薄々気づいていたのかもしれない。
彼が時折口にする「冥界の戸籍調査」という言葉が、単なる冗談ではなかったことに。
「気づいてしまいましたか、助手くん」
背後から、聞き慣れた、しかしどこか遠い場所から響くような声がした。
振り返ると、そこにはいつものように端正な顔立ちを崩さない、真顔の黄泉國さんが立っていた。だが、その身体は月光に透け、まるで今にも消えてしまいそうな幻影のようだった。
「黄泉國(よみぐに)とは、死者の国。私は最初から、現世の住人ではありません。とある未練のために、この世に形だけを留めていた『既死の存在』……。名探偵ならぬ、冥探偵。そう名乗っていた意味を、ようやく理解していただけたようだ」
彼はゆっくりと歩み寄り、僕の目の前で足を止めた。その瞳には、やはり生気がない。けれど、僕を見る眼差しには、確かな静けさがあった。
「私はもう、この現世に長くは留まれません。君に支払うはずだった給料も、結局は用意できずじまいでしたね。……さあ、この鍵を受け取りなさい」
彼が僕の手に握らせたのは、事務所の古びたマスターキーだった。手のひらに触れた冷気は、これまでで一番冷たく、そして切なかった。
「この事務所をどうするかは、君の自由です。田舎に帰るもよし、ここで生者と死者の迷い子を待ち続けるもよし。……短い間でしたが、君の鋭いツッコミは、私の退屈な永劫の時間を少しだけ彩ってくれましたよ」
「待って、黄泉國さん! まだあなたに、ちゃんと言ってないことが……!」
僕が手を伸ばした瞬間、彼の姿は一陣の冷たい風となって、夜の闇に溶けるように消え去った。
デスクの上に残されたのは、彼がいつもいじっていたルービックキューブと、静まり返った空間だけ。
「……勝手にいなくなるなよ。ボケにツッコミを入れさせるだけ入れさせて、置いていくなんて、どこまで理不尽なんだよ、あの人は」
ぽつりと呟いた僕のツッコミに、応える声はもう聞こえない。
それでも、僕は手の中の鍵を強く握りしめた。
冥探偵・黄泉國 尊はもういない。
けれど、彼が遺したこの風変わりな事務所のドアを叩く迷い子が、今夜もまた、路地裏の闇からやってくる。
コメント
7件
おーすげえ一体何時間かかったの?
うわあ、ついに来たか……って感じです。「黄泉國」という名前がそのまま伏線だったとは。名前のセンスと設定の重なり方に、世界観構築好きとしてはグッときました。ルービックキューブを残して消えるラストも、普段のボケとのギャップで余計に沁みますね。冥探偵って、本当に冥界の探偵だったんだ……。短い間でも、確かに彼の存在が物語に厚みを与えてたんだなあと実感しました。
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