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涼が中学生になって初めて迎えた、夏休みのこと。ある日の夜から、固まっていた歯車は回り出した。
「ごめんください」
「こんばんは。えーっと……木間塚さん」
「こんばんは。久しぶりだねぇ、成哉くん。お父さん、今いるかな?」
夕食が終わった時分、老年の男性が涼の家を訪ねてきた。物腰の柔らかい印象で、屈託の無い笑顔を浮かべている。
彼を知っていた涼は、すぐに父を呼んだ。木間塚と呼んだ彼は、父の上司なのだ。きっとまた、会社の付き合いというやつだろう。
「あぁ、お待ちしておりました。御足労頂いてありがとうございます」
涼が呼ぶと父もすぐ玄関までやって来て、スリッパを用意する。しかし何故か二足分あった為、涼は内心首を傾げた。
「どうも、寛いでる時間に悪いね。今日は連れがいるから」
そう言って、木間塚は少し横へずれた。それまで涼からは全く見えなかったが、後ろにもう一人青年が立っていることに気付いた。
「孫の創さ。東京に住んでるんだけど、久しぶりにこっちに来ててね。今連れ回してるんだ」
「こんばんは。……兼城創《けんじょうはじめ》です」
娘の一人息子だと、木間塚はにこやかに涼に笑いかける。頷くことしかできない涼とは真逆に、父は思い出したように驚いていた。
「あぁ、創君か! 大きくなったねぇ、今いくつだい?」
「十八です。今年から大学生で」
大学生……。
大学が近くにないから、何だかあまり見たことない人種だ。よく知らない生き物、という非常に失礼な印象が生まれた。
会話に入れない、というよりはついていけない。黙ってやりとりを見てると、突然父は話を振ってきた。
「成哉、創君のこと覚えてるか?」
「えっ」
何の話だ?
「創くん、君は確か、まだ小学生だったよね?」
「はい。夏休みとか冬休みに、よく連れて来てもらってたんですけど……中学に上がってからは忙しくて、中々。准も来たがってたんですけど、レポート終わらないらしくて」
准……さん?
何か覚えてるような気がするんだけど、やっぱり思い出せない。そんな思いが顔に出ていたのか、創は涼の前に屈んで微笑んだ。
「久しぶり、成哉君。ずっと昔、一緒に海で遊んだり、……星を見に行ったことがあるんだけど。さすがに覚えてないかな」
言ってから、今度は苦笑した。
「君、確かまだ五歳だったもんね」
「えっと……」
星。
分からなくて、思わず身を引いてしまう。
星なんて……そんなの、ここでは毎晩見てるから分からなかった。少しも特別なものではない。