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#ヒトコワ
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「歩けないようにした……? 婚約者をか?」
伊藤が引きつった顔で後ずさりする。
僕も、耳を疑った。
いつも「猫を飼っているんです」と微笑んでいた
おっとりした彼女のどこに、そんな冷酷な殺意が隠されていたのか。
「そうよ。あいつは私に尽くす義務があるの。一生、私のそばで介護されながら後悔すればいい……」
鈴木の瞳は、焦点が合っていない。
自らの罪を語るうちに、隠していた狂気が表に引きずり出されたようだった。
その瞬間、エレベーター内に冷たい電子音が鳴り響いた。
ピン、ポーン。
まるで正解を告げるクイズ番組のような、場違いに明るい音。
『鈴木香織、受理。……前へ』
「あ……」
鈴木の顔から、さっきまでの昂揚感が消え、再び恐怖が上書きされる。
彼女は、開いた扉の先
高橋の血塗られた社員証が落ちている暗い廊下を見つめた。
「……ねえ、佐藤さん。私、許されたのよね? 告白すれば『降ろしてやる』って、言ったわよね?」
震える声で僕に助けを求めてくる。
だが、僕は何も答えられなかった。
扉の向こうの闇が、まるで生き物のように彼女を誘っているように見えたからだ。
「……行かなきゃ。行けば、帰れるんだから」
彼女は自分に言い聞かせるように呟くと、ふらふらと廊下へ一歩を踏み出した。
その瞬間、エレベーターの照明が激しく点滅し
スピーカーから耳を刺すような高周波のノイズが流れた。
「キャッ!」
鈴木が耳を塞いでうずくまった瞬間
廊下の天井から、黒い「何か」がボタボタと落ちてきた。
それは、どろりとしたタールのような液体……
いや、それは無数の『髪の毛』だった。
長い髪が意思を持っているかのように動き、鈴木の細い首に巻き付く。
「嫌! 離して! 助けて、佐藤さん! 伊藤さん!!」
彼女がエレベーターに手を伸ばした刹那、背後の闇から
白い、指が異様に長い「手」が伸びてきて、彼女の口を塞いだ。
ずるり、と彼女の体が闇の奥へと引きずり込まれていく。
「閉まれ! 閉まれよ!!」
伊藤が半狂乱で扉のセンサーを遮るように手を振り回すが、扉は彼女が完全に消えるまで閉まろうとしない。
やがて、遠くで「パキッ」と、何かが折れる嫌な音が響き、沈黙が戻った。
バタン!
重い音を立てて扉が閉まる。
表示パネルの数字が、音もなく書き換わった。
【 残り 2人 】
エレベーターの中に残されたのは、僕と伊藤。
狭い空間が、さらに狭くなったように感じた。
「……次は、俺か。それとも、お前か」
伊藤が血走った目で、僕を睨みつけた。