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「……どうすればいいの」
二日後執り行われる刑。
エトワール・ヴィアラッテアの手のひらの上で転がされ、私はきっとこれまで頑張って積み上げてきたものを全て奪われるだろう。もうそれは覆せない。
かといって、この怒りを抱いたまま死ねない。死にたくない。
はっきりとした絶望と、はっきりとした殺意。死を間近に私は何を思えばいいのだろうか。感情がぐちゃぐちゃだ。
お腹には何も入っていなくて、喉も乾いている。先ほど貰った水を見て手を伸ばすが、もう飲み物すら貰えないかも知れないと思うとその水にも手が付けられない。どうして、ここまで嫌われているのだろうか、と私は原点に戻ってしまった。そこまで嫌わなくてもいい。だって、ただ伝説上の聖女と容姿が違っただけだから。でも、それが此の世界の人々にとって重大なことで、許せないことなのだろう。聖女への侮辱というか、聖女を神聖視するがあまり……
どの時代も一緒だ。自分たちが信じてきたもの、正しいものしか見ない。それ以外は排除する。人間はそういう生き物なのだ。
哲学なのか、倫理的問題なのか、まあどっちでもいいけれど、人の心を変えることは難しい。それこそ、面と向かって一人ずつに話していかないと意味がないだろう。それは現実的に不可能。そして、絶対にあわない人もいるわけで。
「……悔しい」
世界を救ったはずなのに、その手柄は全部トワイライトに渡された。別にそれに対して文句があるわけじゃない。だって、トワイライトが世界を救ったと言うことにならなかったら、彼女が非難されてしまうから。それはそれで嫌だった。トワイライトは、私への思いを爆発させて、混沌……闇に落ちてしまったわけで、彼女自身誰かを傷付けよう何て思っていなかった。災厄によっておかしくなった人は、トワイライトの他にもいただろうし、彼女を、そしておかしくなった人を非難できないと思う。
でも、私の話は災厄とは別の所にあると思う。
(トワイライトは元気……かな。私の死刑について、何か思っていること、とかあるのかな)
ふと、妹の顔が浮かんで涙がにじんできた。だって暫く会えていないから。
前世のことも合わさって、トワイライトへの気持ちは誰よりも強い自身があった。そりゃ、双子の妹がいたなんて知らなかったけれど、覚えていなかったけれど、でも、妹がいた、私の妹なんだって思ったら愛おしくなって。そんな妹は私のことを知っていて、ずっと慕ってくれていて。私がそんな妹のことを好きにならないはずがなかったのだ。
トワイライトの笑顔を思い出すと、さすがヒロインだなって思ったことはあった。でも、羨ましいとは一度も思った事ない。妬ましいとかそう言うのものない。彼女も彼女でずっと苦しんできた。
私が差別されるのと同じぐらい、彼女も何もしていないのにちやほやされて、何かを言えば悪女のせいだと私への罵倒へと変わって。良い気持ちはしていなかっただろう。実際、そうだったといってくれたわけだし。
あの子ほど、心が綺麗な子はいないだろう。私はそんなに綺麗じゃない。何もかも許せる人間じゃないし、一度嫌ってしまったらそれまでなのだ。
私は寝返りを打った。
「…………リース」
私の好きな人は今何を思っているのか。
トワイライトの次に顔に浮かんだのは、好きな人の顔。眩い黄金の彼。私の死刑については聞いているだろう。さすがに、これについては話がいっているはずなのだ。その後どんな反応をしていたかは分からないけれど。憤慨していただろうか。リースのことだし怒ったり、取り消せとかいったりしているに違いない。けれど、彼の姿を見ることが出来ていないのは、意図的に周りの人間が私達をあわせないようにしているのだろう。リースは、周りから、悪女に騙された皇太子、という風にうつっているらしい。まあ、私のせいにして、リースの株が下がらないならそれでも良いのかも知れないけれど。
どうしてここまで嫌われなければならなかったのか、それがやっぱり分からないでいる。
確かに伝説上の聖女と違う。魔法もろくに使えない。人を殺した。
これだけ揃っていれば、誰も嫌がるに違いない。違いないけれど……
私が目を細め床に敷き詰められたわらをギュッと握れば、誰かが階段を降りてくる音がかすかに聞えた。
私は体勢を戻し部屋の隅まで避難する。さすがに今ここで殺しはしないだろうし、私に触れようとも思わないだろう。だけど、全てが敵だと身体が認識してしまっているらしく、私の身体は過剰に反応してしまった。
(足音?誰?)
皆目見当がつかない。私以外に、地下牢にいる人間はいないし、何故か知らないけれど、警備の人間もいない。だから、この夜に?(実際は窓がないため時間感覚は分からないけれど)誰かが地下牢に来るなんてことあり得ないはずなのに。
足音は私の牢の方に近付いてきて、ピタリととまった。
ぼんやりと暗闇からその輪郭が映し出される。背格好からして男らしい。ビシッと決まった騎士服を見て、巡廻の騎士かと、私は眉をひそめた。男は、私の牢の前で止ったまま動かない。やはり、私が寝ているかとか、いるかとか、確認しにきたようだ。
「エトワール・ヴィアラッテア」
「……」
「いるんだろ、エトワール・ヴィアラッテア」
「……」
男の声は擦れていた。私の名前を呼んで何がしたいんだろうか。意図が全く詠めず、恐ろしくて声が出せなかった。ここにこれる人間は限られているし。そして、ここに来る人間は殆ど、皇帝直属の騎士や使用人だ。エルはどういう立場で、そもそもどうやって皇帝につけいったかは分からないけれど。
(もしかして、皇帝に催眠魔法でもかけたの?)
人の心を操る魔法というのは、闇魔法だ。だから、あのエトワール・ヴィアラッテアは既に闇魔法が使えるんじゃないかと思った。強い感情によって魔法の属性は変化する、ともいわれていたし……
というのは今はどうでも良くて、私に話し掛けてきている此の男が不思議だった。本当に何のようなのだと。
男はそれから暫く黙ったが、しびれを切らしたように、大きなため息をついて髪をかきむしった。
「はあ……返事しろ」
「なんでそんなに、上から言われないといけないわけ?てか、私はここから脱走も何もしないわよ。帰って」
「脱走……か」
「何?」
男は、何か考えるような仕草をする。逆光というか闇色で顔すら認識できない。
「外に出たいと思っているのか?」
と、男は私に尋ねてきた。全く理解できなかった。もし、ここで脱走したい、外に逃げたい、といったらどうなるのだろうか。そういう意思があるといって痛めつけられるかも知れない。私は身を案じて何も言えなかった。誰も信じない、余計なことはいわないと。
(本当に何しにきたの、此の男は?)
私と対等、みたいな感じで話し掛けてくるし、やっぱりこの時間に人が来るのはおかしいのだ。確かに、夜間の巡廻は大切だとは思うけど。
(外に出たい……か。出たとしても、逃げられるとは思わないし……)
逃げられるなら逃げ出したい。でも、そんなことしても追われ続ける人生。何も変わらない。でも、死にたくない。色んな思いが混ざり合って、最後には結局受け入れる、諦めるしかなくて。創り出した希望を私はずっと見つめていたけれど、虚構の希望に何の意味も無い。
「質問しているんだ、答えろ」
「アンタの質問に答えるわけがないじゃない。誰だか分からないのに」
そう言うと、男は肩をすくめた。やれやれと言った感じに男はまたため息をつく。本当にむかつく。私が体調万全だったら殴っていただろう。
(あれ……でも、この感じ……)
不思議だった。怒りが湧いてきたけれど、殺意とかそういうのが混じっていない、ただ純粋なおふざけに付合ったときのじゃれ合い見たいな。本気で怒っているわけじゃない。この感じは知っている。
「ほんと、強情というか、何というか。まあ、それがお前だしな……この状況じゃあ、あってる。信用しちゃいけねえってのはな」
「まっ、なんで……」
擦れた声が一瞬にして、耳に馴染んだものに変わった。
男は目深に被っていたが、その帽子に手をかけると、ふわりと帽子を外した。帽子の中に入っていただろう髪の毛が一気に宙を舞う。闇色の中に、長くたなびく鮮明な紅蓮を見つけてしまった。
「アルベド……」
「よお、エトワール。助けに来たぜ」
満月の瞳も、闇色の中で眩く輝いていた。
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