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今回はさっさと進みますね
これで完結の予定
風の記憶の世界を進むにつれて、景色は少しずつ変わっていった。
最初はただの紫色の空と静かな大地だったのに、
いつの間にか、誰かの“日常”のような風景が混ざり始めていた。
笑い声。
遠くで呼ぶ声。
懐かしい匂い。
「これ…全部、風が持ってきた記憶なの?」
元貴が小さくつぶやく。
涼架はうなずいた。
「うん。ここにあるのは、“忘れられたくなかったもの”」
そのとき――
ひときわ強い風がふたりの前に現れた。
今までの青とは違う、透き通った白い風。
どこか、優しい温度を持っていた。
「……この風」
涼架の表情が変わる。
一歩、ゆっくりと近づく。
その風に触れた瞬間――
景色が一気に変わった。
⸻
そこは、小さな家の前だった。
夕焼けの中、男の子が笑っている。
その隣には――涼架がいた。
「……え」
元貴は息をのむ。
でも、隣にいる“今の涼架”は、ただ黙ってその光景を見ていた。
「昔の…私」
ぽつりと、涼架が言う。
「この子は、私の弟」
元貴は驚いて涼架を見る。
「弟、いたの…?」
涼架は少しだけ笑った。でも、その笑顔はどこか寂しそうだった。
「いた、じゃなくて……いる、はずだった」
その言葉の意味を聞く前に、場面が切り替わる。
強い風。
揺れる家。
崩れ落ちる音。
そして――
静まり返る世界。
元貴は何も言えなかった。
涼架は、ただ前を見つめたまま続ける。
「大きな嵐の日にね、弟はいなくなったの」
「見つからなかった。どこにも」
風が静かに吹く。
白い風が、まるでその記憶を守るようにふたりの周りを漂っていた。
「でもね」
涼架はゆっくりと手を伸ばす。
「この風は、弟の“最後の記憶”なの」
風がふわっと揺れた。
まるで、応えるみたいに。
元貴は、その様子を見て胸がぎゅっと締めつけられる。
「…じゃあ、この風を持って帰れば…」
希望を込めて言いかけたその言葉を、涼架は静かに首を振って止めた。
「持って帰れないよ」
「え…?」
「この風は、“ここにあるから”意味があるの」
涼架の声は、少し震えていた。
「無理に持ち出したら、きっと消えちゃう」
元貴は唇をかむ。
「でも、それじゃあ…ずっとここに置いていくの?」
涼架は、少しだけ空を見上げた。
紫色の空に、白い風が溶けていく。
「うん。でもね」
ゆっくりと振り返って、元貴を見る。
「忘れなければ、消えないから」
その言葉に、元貴はハッとする。
涼架は続ける。
「ここにあるのは、“残したかった想い”だから」
「だから私は、持ち帰るんじゃなくて…覚えて帰る」
元貴はしばらく黙っていたけど、やがて強くうなずいた。
「…そっか」
そして、一歩前に出て、その風にそっと手を伸ばす。
「ちゃんと覚えた。絶対忘れない」
風が優しく揺れた。
まるで、ありがとうって言っているみたいに。
⸻
次の瞬間、ふたりの体はふわっと浮かび上がる。
視界が白くなって――
気がつくと、元の街に戻っていた。
いつもの風。
いつもの空。
でも、どこか少しだけ違って感じた。
「…帰ってこれたね」
元貴が笑う。
涼架も小さくうなずいた。
「うん」
少しだけ間を置いてから、元貴が言う。
「また行く?」
涼架は一瞬驚いたあと、ふっと笑った。
「ほんと、懲りないね」
「でもさ」
元貴は空を見上げる。
「まだ、残ってる記憶いっぱいあるじゃん」
風がそっと吹いた。
今度は、少しだけあたたかく感じた。
涼架も同じ方向を見て、静かに言った。
「…うん、行こう」
ふたりはまた歩き出す。
誰かの想いを、忘れないために。