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レモン
ふわねこカラメル
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新しい会社に慣れてきたある週末の朝。真言寺くんからLINEが来た。
【今日は僕の予定を全部空けたよ。穂乃果さんが行きたいところ、全部連れて行きたい。……普通のデート、しよう?】
私は少し緊張しながら返信した。
【普通のデートって……どこに行くの?】
【それは秘密。でも、穂乃果さんが楽しめればいいよ】
当日、待ち合わせは私のアパートの近くの駅だった。私はいつものようにシンプルなブラウスとスカートで出かけた。
真言寺くんは黒のニットにチノパンという、いつものアルバイト姿に近いカジュアルな服装で待っていた。黒縁メガネもかけていて、なんだかほっとする。
「穂乃果さん、おはよう。今日も可愛いね」
彼は自然に私の手を握って、駅に向かい始めた。
……ここまでは、普通。問題は、そこからだった。最初に連れて行かれたのは、駅から徒歩5分の高級ブティック街だった。
真言寺くんは迷わず一軒の店に入り、私を中へ促す。
「今日はデートだから、穂乃果さんに似合う服を選んでいい?」
店内は照明が柔らかく、店員さんが二人揃って深々と頭を下げた。
「真言寺様、お待ちしておりました。本日はプライベートのご利用でよろしいでしょうか?」
……え?私は思わず真言寺くんの袖を掴んだ。
「ちょっと……普通のデートって、これ?」
「うん。普通に、デートだよ?」
彼はきょとんとした顔で答える。どうやら彼の中の「普通」と私の「普通」が、根本的にズレているらしい。試着室で勧められたのは、どれもタグを見たら卒倒しそうな価格のワンピースやブラウスばかり。私は慌てて首を振った。
「こんな高いの……無理だよ。普通のウニクロとかでいいのに……」
真言寺くんは優しく微笑みながら、私の耳元で囁いた。
「穂乃果さんが着たいものを着てくれればいい。でも、今日は僕が穂乃果さんに買ってあげたいんだ。……穂乃果さんが綺麗に着てくれるだけで、僕はすごく嬉しいよ」
結局、淡いピンクのシンプルなワンピースを一着だけ選ばされた。値札を見ないように必死で目を逸らしたけど、店員さんが「真言寺様のご指定でラッピングもお付けします」と笑顔で言うのを聞いて、顔が熱くなった。
次に連れて行かれたのは、ランチ。
「普通のデートなら、ファミレスとかでいいよね……?」
私が恐る恐る聞くと、真言寺くんは少し困ったように笑った。
「ファミレスもいいけど、今日は予約してあるところがあるんだ」
その「予約してあるところ」は、都心の超高層ホテル最上階にあるフレンチレストランだった。窓際の個室席に通されると、東京の街が一望できる。コース料理が次々と出てくるたび、私はフォークの持ち方すら不安になってきた。
「真言寺くん……これ、普通のランチじゃないよね?」
「え? 普通だよ? 穂乃果さんとゆっくり話したくて、静かなところがいいかなって」
彼は本当に不思議そうな顔をしている。
どうやら彼にとって「普通のデート」は、事前予約・完全個室・一流シェフのコースがデフォルトらしい。デザートにイチゴをふんだんに使ったパフェが出てきたとき、私はようやく笑ってしまった。
「……もう、わかった。真言寺くんの『普通』は、私の『普通』と全然違うんだね」
真言寺くんは少し照れくさそうにメガネを押し上げ、私の手をテーブル越しに握ってきた。
「ごめん。僕、穂乃果さんを喜ばせたくて、つい力入れすぎちゃう。でも、本当にただ一緒にいたいだけなんだ。高級な場所じゃなくてもいいよ。次は、穂乃果さんが行きたいところに連れてってくれる?」
その言葉に、胸がじんわり温かくなった。私は彼の指を軽く握り返しながら、微笑んだ。
「うん。次は私が選ぶね。……でも、今日はありがとう。ちょっと戸惑ったけど、楽しかったよ」
真言寺くんは嬉しそうに目を細め、私の指先にキスを落とした。
「よかった。これからも、穂乃果さんのペースに合わせるから。……ただ、たまには僕の『普通』も、受け入れてくれると嬉しいな」
夕方、私たちは手を繋いで街を歩いた。高級ワンピースを着た私は、なんだか自分が別人みたいで照れくさかったけど、隣を歩く真言寺くんの温かい手の感触が、すべてを優しく包んでくれている気がした。
御曹司とのデートは、予想以上にギャップだらけだった。
でも、そのギャップさえも、彼の優しさと本気を感じられて——なんだか、愛おしく思えてしまった。