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そうして苦戦が続くある日のことである。
「おーい、ユーリ。いるかい?」
倉庫事務所のドアを開けてコッタが顔を出した。
「はい、いますよ。どうしたの?」
ユーリは立ち上がって素材の巻物を書棚に戻す。
「配達を一件頼みてえんだ」
「配達? いいけど、どこへ?」
するとコッタはきまり悪そうな顔になった。
「ドリファ軍団。軍団長のアウレリウス様じきじきの注文なんだよ」
「へえ? 軍団からは定期的に注文が来るんだよね。それがどうかしたの?」
「ああ、軍団としてもアウレリウス様個人としても注文が来る。で、この前、納品する素材を間違えちまって。だいぶ叱られたんだ。だから俺、顔を出したくねえんだよ」
「あらまあ……」
「だからユーリ、頼む。あんたなら怒られることもないだろ」
コッタが必死に頼んでくるので、ユーリは苦笑いした。
「間違わなければ、アウレリウス様は怒らなないと思うよ。口うるさいし偉そうにしてるけど、間違ったことは言わない人だもの」
「偉そうって、あんた。本当に偉いんだぞ、軍団長だからな」
「そうだった」
軽く笑って、ユーリはうなずいた。
「配達、行ってくるよ」
「助かる! じゃあ倉庫から素材を出してくるんで、待っていてくれ」
あの倉庫から素材を選んで出してくるのか。どうやるんだろう? ユーリは興味を引かれてコッタについて行った。
「さあて、アウレリウス様の注文はっと」
コッタが倉庫脇のテーブルに放りだしてある書字板を見る。
その周辺では、何人かの荷運び人が暇そうにサイコロ遊びをやっていた。カップに入れたサイコロを振って出目を当てるゲームのようだ。
「黄色マンドラゴラの根を1株。トネリコの古枝、Mサイズを1本。モリオジロシカの枝角を1本と。ちょいと待っててくれよ」
そう言って倉庫の扉を開けるコッタに、ユーリは思い切って言ってみた。
「私も倉庫に入っていい?」
「やめとけ、やめとけ。迷子になるだけだよ」
サイコロをもてあそんでいた荷運び人の男が、からかうように言った。
「そうそう。ここの倉庫は魔窟だぜ。素人さんが迷子になったら、干からびてミイラになって、素材の仲間入りさ」
コッタはカラカラと笑いながら倉庫へ入っていった。
(素人ねえ)
ユーリは表情に出さないよう注意しながら、内心でため息をついた。
(そりゃあ私は異世界人だけど。ここで仕事をするって決めた以上、きっちりプロになるつもりよ。
コッタみたいに熟練の職員だけが倉庫に入って商品の素材を取り出してくるなんて、非効率的じゃない。もしコッタが事故や病気で休んだらどうするの? 会社の仕事ってのは、プロフェッショナルの一人に頼るんじゃなく、みんなで回していくものなのに)
ユーリのこの考えは、日本で勤務していた会社で身につけたものだ。
一人だけに責任を負わせるやり方は、いろいろな問題を生む。
もちろん優秀な人の才能や技術は大いに活用するべきだ。
けれどこの冒険者ギルドのように作業の比率が極端に偏っていたり、もしくは一人経理のように外部の目が入らない状況はまずい。
一人の限界が組織の限界に直結してしまうし、休みも取れない。それに不正の温床になりかねない。
会社組織としてやっている以上は、チームで仕事を回した方がいい。
一人ひとりの仕事は、結局のところ会社全てに繋がっていくのだから。
ユーリが日本で学んだこの考えを、どう伝えたらユピテルの人々に分かってもらえるだろうか。
そんなことを考えながら、彼女は倉庫の入り口を眺めた。
「ほい、これで全部だぜ」
コッタはすぐに倉庫から出てきて、注文表どおりの素材を渡してきた。
あのカオスな倉庫内からどうやって取り出してきたのか、まったく不思議でならない。
言いたいことは今は抑えて、ユーリは配達用の素材をバッグに詰めた。革製の大きくて丈夫なバッグである。
すっかり春めいた街路を歩き始めた。
時刻は午前中、お昼の少し前。通りを吹き抜ける風は暖かくて、春も後半と実感できる。
古代を思わせる町並みは、三~五階建てで一階部分がお店になっている建物が多い。それに案外清潔である。ユーリの雑学知識では、古代や中世の町は排泄物を窓から捨てたりして不潔のイメージがあったので、意外だった。
以前はペトロニウスに先導されて歩いた道をユーリは一人で戻っていく。特に複雑な道ではないので、迷うこともない。
やがて軍団の敷地に着いた。門兵が立っているので、声をかける。
「こんにちは! 冒険者ギルドのユーリです。アウレリウス様に素材の配達に来ました」
「おぉ、ご苦労。話は聞いています。どうぞ」
開いた門からまっすぐ進めば司令部である。
そろそろお昼の時間だが、特に炊事をしている様子はない。軍団兵は昼食を取らないか、軽食で済ませているのかもしれない。
左手に見えた訓練場では、兵士たちが百人隊長の号令に合わせて隊列を組んだり、訓練用の丸太に木剣や槍で打ち込みをしたり、投げ槍の練習をしたりしているのが見えた。
「おや、ユーリ殿。何かご用ですかな」
司令部に入ったところで、ペトロニウスに会った。ユーリは配達用のバッグを手で叩いて見せる。
「アウレリウス様に素材の配達です」
「それはご苦労さまです。軍団長は執務室にいますよ。ご案内しましょう」
ペトロニウスは向かって右の部屋をノックした。
「ユーリ殿がお見えです。素材の配達だそうで」
「入れ」
部屋の中には大きな執務机といくつかの書棚が置いてあった。アウレリウスは机で書類の決裁をしていたが、ペトロニウスとユーリが入ってくると目を上げた。
ユーリは言う。
「ご注文の素材です。黄色マンドラゴラの根を1株、トネリコの古枝、Mサイズを1本。モリオジロシカの枝角を1本。以上です」
配達バッグを差し出すと、執務机を示されたのでそこに置く。後ろではペトロニウスが「では私は失礼します」と言って部屋を出ていった。
「確かに受け取った。セウェルス様にロンディニウムまで呼びつけられる直前に注文してしまったせいで、タイミングが悪かったな」
中身を確認して、アウレリウスは肩をすくめた。
「それで、ユーリ。まだ数週間だが、冒険者ギルドの様子はどうだ? やっていけそうか?」
「そうですね……」
ユーリは少し考える。カオスの巣窟・倉庫の話をしてやろうかと思ったが、まだ彼女は何もやり遂げていない。やめておいた。
「親切にしてくれる人もいて、助けられています。これから頑張りますよ」
「結構」
アウレリウスは短く答える。話が終わりそうになったので、ユーリは聞いてみた。
「今日配達した素材は、軍団ではなくアウレリウス様個人の注文と聞きました。何に使うんですか?」
アウレリウスはちらりとユーリを見る。ユーリは一瞬、余計なことを聞いたかと思ったが、彼は答えた。
「趣味の魔道具作りに使う。私は魔法使いだが、実技よりも道具作りの方が性に合っている」
「魔法! 魔道具! すごいです。私が元いた世界にはなかったので」
ユーリが目を輝かせると、アウレリウスは意外そうに首をかしげた。
「そういえば、きみの世界には魔法がなかったのだったか。では、昼休憩のついでに見学していくか?」
「はい、是非に!」
ユーリは新しい知識や知見が好物である。身を乗り出すようにすると、アウレリウスはその分だけ一歩下がった。
「では、簡単な魔道具制作の実演をする」
彼は言って立ち上がり、棚からいくつかの素材を取り出して執務机に並べた。
「ベースとなるのは虹魔魚の魔石。――魔石は分かるか?」
彼は淡い虹色に光る小石を手に取って言った。小石はやや平べったい形で、どことなく魚のうろこを思わせた。
「ええと……魔物の体に入っている、魔力に満ちた石、でしたっけ?」
「おおむねそれで間違いない。魔石は魔物ごとの特徴を引き継いでいる、魔物の素材の中でも重要な部位だ。当然、強い魔物の魔石は強い魔力を持っているが、この虹魔魚はそれほどでもない。だが使いでがある」
アウレリウスは軽く目を細めた。楽しいらしい。
「この虹色の魔石に、トネリコの枝を木炭化させたもので魔法文字を書く」
「トネリコの枝。今日、配達した素材ですね」
「ああ。在庫が少なくなったので、注文した。今日の分はまだ木炭があるが、近いうちに焼かねばならんな」
「木炭焼きもアウレリウス様がするんですか?」
炭焼きと言うと地味で汚れる作業だ。立場の高いアウレリウスに不似合いとユーリは思ったが、彼はニヤリと笑った。
「当然だとも。炭焼きの際も魔力を練り込むことで、さらに良質な素材に仕上がる。他人には任せられない」
あ、この人、職人系だ。と、ユーリは思った。地味で面倒な作業こそ大事だと考えるタイプの人間である。
「描く文字は『清浄』『水』。これを魔法陣として書く」
アウレリウスは木炭の小枝を取って、するすると魔石の表面に滑らせた。複雑な紋様が刻まれるように描かれていく。
「これを一度、炎の魔法で焼く」
彼の手のひらの上で、魔石がふわりと浮かび上がった。次の瞬間、青い炎が吹き上げるように包み込む。
魔法を初めて間近で見たユーリは、ぽかんと口を開いてしまった。そっと手を近づければ、確かな高温を感じる。
「触らないように。この青い炎は通常の赤い炎より熱い。火傷をするぞ」
「は、はい。炎の色と温度は知ってます。赤、白、青の順で温度が高いと」
「ほう」
アウレリウスは少し感心したようにユーリを見て、手のひらの炎を消した。
焼かれた魔石は木炭の魔法陣が銀色に色を変えて、きらきらと輝いている。
「仕上げに風の魔法で研磨と圧縮をする。これで完成だ」
空中に浮かび上がった魔石がくるくると回転を始めた。形が丸く整えられていく。削られて細かな粉が飛び散っていくが、同時に圧縮もされているらしい。だんだんと丸い形に変わっていった。
「……こんなものだな」
そうしてアウレリウスの手のひらに落ちた魔石は、厚みのあるコインのような丸い形になっていた。描かれた銀の魔法陣は変形しているが、不思議な光を放っている。
「それは、どんな魔道具なんですか?」
虹色と銀の魔石に目を奪われて、ユーリは呆然とした口調で聞いた。
「水の浄化の魔道具だ。このグレードの魔石とこの程度の作り方では、数回使えば効力を失うが。汚れた水を浄化して、飲めるようにする」
「すごいですね!?」
アウレリウスが浄化の魔道具をユーリに渡してくれたので、捧げ持つようにして眺めた。
(これは浄水器のようなもの? 例えば木炭を水に入れておくと水がきれいになるけれど。あれは確か、多孔性の炭がフィルターの役割を果たすのと、表面に住んでいる微生物が有機物を分解するからよね。
この魔石も似た仕組み? それとも魔法を使うから、全く別のもの? 面白いなあ……!)
ユーリが熱心に魔道具を見ていると、アウレリウスは戸惑ったように言った。
「そんなに気に入ったのなら、それはきみに差し上げよう。持っていきなさい」
「いいんですか? 貴重な素材と魔法を使ったものでは?」
ユーリがびっくりして言うと、アウレリウスは微苦笑した。
「それほどでもない。もとより私の魔道具作りは、単なる趣味の領域だ。軍団で使うほどの質ではないからな」
「それでもすごいです。大事にします。ありがとう」
ユーリは大事にバッグに魔道具をしまいこんだ。
アウレリウスが何気ない口調で言う。
「ところで、昼食は食べたか?」
「いえ、まだです」
「ならば一緒にどうだ? 私もこれからだ」
「はい、ぜひよろしくお願いします!」
コメント
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第10話読み終わったよ〜!✨ ユーリが配達業務を任されて、ついにアウレリウス様と直接話す場面すごく良かった!特に魔道具作りの実演シーン、魔法の工程が細かく描かれててワクワクした😭💕 「職人系」なアウレリウス様のギャップ萌えも最高だし、最後にまさか魔道具をプレゼントしてもらって一緒にランチの流れになるとは…!二人の距離が縮まった感じがしてニヤニヤが止まらなかったよ🥺💗 ユーリのプロ意識と好奇心のバランスも素敵!次回も楽しみにしてるね〜!!