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その日は、ほとんど話せなかった。
練習中も、終わったあとも、祐希はほかの選手と話したり、スタッフと確認をしたりしていた。
達宣も別に、話しかける機会がなかったわけではない。
ただ、声をかけようと思ったときには誰かと話していて。
その話が終わるのを待っているうちに、今度は別の人がやってきて。
結局、挨拶と短い会話だけで一日が終わった。
「……お疲れさまでした!」
「お疲れ、大塚」
いつもと変わらない声。
いつもと変わらない笑顔。
それなのに、帰り道の達宣は、なんとなく物足りなかった。
(今日、あんまり話せなかったな)
そこまで考えて、少し首を傾げる。
別に毎日たくさん話す必要なんてない。祐希が忙しい日だってあるし、自分だってそうだ。
だから、寂しいとか、そういうことではないはずだった。
(……まあ、明日話せばいいか)
そう結論づけて、達宣はそのまま帰った。
一方の祐希も、帰り際に達宣の姿を見つけていた。
声をかけようと思った。
けれど、達宣はほかの選手と一緒にいて、楽しそうに笑っていた。
邪魔する理由もない。
そう思って、そのまま見送った。
――今日、あんまり話せなかったな。
同じことを考えているなんて、達宣は知らない。
翌日。
祐希が練習場に入ると、少し離れた場所にいた達宣がこちらを向いた。
目が合う。
達宣の顔が、ぱっと明るくなった。
「祐希さん!」
小走りで近づいてくる。
「おはようございます!」
「おはよう、大塚」
「昨日、帰りめっちゃ早かったですね」
「そうだった?」
「そうですよ。話しかけようと思ったら、もういなくて」
言ってから、達宣は「あ」と口を閉じた。
自分から話しかけようとしていたことを、わざわざ伝える必要はなかった気がする。
「……まあ、タイミングなかったんで」
少しだけ言い訳するように付け足す。
祐希はその様子を見て、口元を緩めた。
「そっか。じゃあ、今日は話そうか」
「……はい!」
返事が、思ったよりも明るくなった。
祐希は気づいていた。
達宣が、自分と話せることを喜んでくれている。
それだけで、昨日の物足りなさが少し薄れていく。
本当は、自分も話したかった。
けれど、それを言うのはまだ少し怖かった。
達宣にとって自分は、ただ話しやすい先輩なのかもしれない。
その可能性を、祐希は何度も自分に言い聞かせていた。
それでも
「大塚、あとで時間ある?」
「あります!」
即答だった。
「じゃあ、話そっか」
「はい!」
うれしそうな声。
その声を聞きながら、祐希は思った。
――もう少しだけ、この時間が続けばいい。
けれど、願えば願うほど、今のままでは足りなくなっていくことにも、薄々気づき始めていた。
コメント
1件
うわ、めっちゃいい…! 昨日は全然話せなくて、お互い「あんまり話せなかったな」って同じこと考えてるのに気づかないもどかしさ、めっちゃリアルだわ。で、今朝の「祐希さん!」って小走りで来るところ、完全に犬の子でしょ(褒めてる)。でも最後の祐希さんの「今のままでは足りなくなっていく」が切なくて…。この距離感、めっちゃ刺さるわ🔥
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