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朝、まどろみから引き剥がされるような感覚とともに、私は違和感の正体に気づいた。
顔が、重い。
まるで一晩中、誰かの冷たい掌で顔面を上から下へと強く押し潰されていたような鈍く不快な圧迫感。
鉛を埋め込まれたかのように頭が持ち上がらない。
「……う、……っ」
枕元に手を伸ばし、呼吸を整えるための救いであるスマホを探す。
しかし、指先が凍りついたように震え
何度掴もうとしても空を切る。
私は這いずるようにして、重たい体を引きずりながら洗面所へと向かった。
鏡を見るのが、死ぬほど怖い。
けれど、もう何が起きているのかを確認せずにはいられなかった。
意を決して、蛇口の横の鏡へ視線を上げる。
「あ……っ、あああ……っ!」
喉の奥で押し潰されたような、悲鳴にもならない音が漏れた。
鏡の中に映っていたのは、かつて私が知っていた「奈緒」ではなかった。
そこには、フィルターを通したはずの
あの「完璧な美咲」の顔面が、半分だけ私の肌の上に強引に張り付いていた。
鏡像の左半分は、見慣れた地味で冴えない、生気のない私の肌。
鏡像の右半分は、陶器のように白く
一切の毛穴も瑕疵もない、不自然なほど整った美咲の造作。
その境界線には、赤黒い亀裂がミミズのように走り
まるでお粗末なツギハギの仮面を縫い合わせたかのような醜悪な様相を呈していた。
「何これ……何なのこれ!? 嫌だ、剥がれて、剥がれてよ!」
私は狂ったように両手を伸ばし、右側の「美しい頬」を爪先で掻きむしった。
しかし、そこには何の痛みもなかった。
肉を削り、皮膚を剥いでいるはずなのに
その感触はまるで冷たいプラスチックのお面を擦っているかのよう。
逆に、左側の「自分の肌」を指先でなぞった瞬間
視界が白むほどの激痛が走った。
右側は、すでに私の肉体ではなかった。
『ピコン』
リビングに置いてきたはずのスマホが、この惨状を祝うように鳴った。
私は引きつる右側の顔面を歪ませながら、狂ったように駆け戻り、画面をひったくった。
『シンクロ率:80%────おめでとうございます。定着が始まっています』
通知の発信元は、もはや美咲ではなかった。
アプリのシステムそのものが、私を飲み込もうとしている。
カメラが勝手に起動し、私の「半分に割れた顔」を容赦なく捉えた。
すると、画面の中の「美咲の顔」が
私の意志とは無関係に、うっとりと陶酔した表情で、口角を歪なまでに跳ね上げて笑った。
「……ひっ……」
恐怖のあまり、私はスマホを全力で床に叩きつけた。
だが、画面は割れない。
それどころか、床に転がったスマホのスピーカーから、湿り気を帯びた美咲の声が這い出してきた。
『ねえ、奈緒。そんなに怖がらないで。……だって、鏡の中の私、今までで一番「いいね」がもらえる顔してるよ?』
私は震える手で自分の顔を覆った。
指の隙間から覗く右目の眼球は
もう私の意思に反して、不気味なほどゆっくりと瞬きを繰り返していた。
「……助けて。お願い、美咲、助けて……!」
私は唯一、自分の意志で動かせる左手で、美咲の番号を呼び出した。
しかし、繋がった先の回線から聞こえてきたのは、人の声ではなかった。
ズルッ、ズルッ……。
まるで、硬い殻から、柔らかく湿った肉が剥がれ落ちていくような、断続的で生々しい音。
電話の向こう側で、美咲が、美咲だったナニカが
新しい私を迎え入れるために、その古い皮を脱ぎ捨てているのだと確信した。
#パワハラ上司
#インフルエンサー
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