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猫塚ルイ

常連たちや彩美、そして音治がそれぞれの余韻を胸に店を後にし、夜が完全に更けた頃。
片付けを終えた『BLACK CAT』の店内で、すべてを終えて一息ついたナオミが、穂乃果の肩を優しく叩いた。
「さ、穂乃果。アタシ達も帰りましょ」
「はい!」
二人並んで店の外に出ると、新宿の喧騒から一歩離れた路地裏には、冷たく澄んだ冬の夜気が満ちていた。遠くのビル群できらめくイルミネーションを背に、二人は寄り添うようにしてタクシーに乗り込み、帰路についた。
静かな車のライトが夜の街を照らし、やがて見慣れた自宅マンションへと到着する。
玄関の鍵を開け、暖房をつけて部屋がじんわりと温まるのを待ちながら、ナオミが「ちょっとベランダに出て空でも見ない?」と穂乃果を誘った。
「ふふ、こんなに寒いのにですか?」
「いいのよ、ちょっとだけ。ほら、コート着たまま行きましょ」
クスクスと笑い合いながら、二人はリビングの窓を開けてベランダへと踏み出した。
高層階のベランダから見渡す夜景は、遮るものもなく、どこまでも美しくきらめいている。十二月二十五日の冷たく澄んだ夜空には、都会の光に負けないくらい綺麗な星が瞬いていた。
「やっぱ、寒いわねぇ」
ナオミが首元をすくめて、白い息を吐き出す。
「ふふ、そりゃそうですよ。クリスマスなんですから」
穂乃果が笑い合うと、ナオミはふと足を止め、いつもより少し真面目な声で彼女の名前を呼んだ。
「……穂乃果」
「はい?」
「ちょっと、目を閉じてみて?」
なんだろう、と不思議に思いながらも、穂乃果は素直に瞼を閉じた。
静寂の中、カサリと衣服が擦れる音がして、自分の左手がそっと持ち上げられる。ひんやりとしたナオミの指先が触れ、続いて、薬指の根元に、冷たくて、けれどどこか滑らかな心地よい感触が滑り込んできた。
「もう、目を開けてもいいわよ」
優しく耳元で囁かれ、ゆっくりと睫毛を持ち上げる。
街灯と夜景の光を浴びて、穂乃果の左手の薬指に、繊細な輝きを放つ美しいリングが、気高く静かに佇んでいた。
「な、ナオミさん……これって……っ」
驚きで声を詰まらせる穂乃果を見つめ、ナオミは端正な顔を少し赤く染めて、照れくさそうにはにかんだ。
「言ったでしょう? アンタの人生の責任は取るつもりだって。……でも、これはまだアタシからの『予約の印』。本当にその時が来たら……ちゃんと、二人で一緒に本物の指輪、買いに行きましょ?」
大人の男としての、ずるいくらいにスマートで、けれど不器用なほどの愛が詰まったプロポーズ。
その瞬間、夜空の向こうから、白い光の欠片がひらひらと舞い降りてきた。クリスマスの夜を祝福するように、静かに降り始めた初雪。
穂乃果は胸いっぱいの愛おしさを込めて、ライトブルーのワンピースの裾を揺らしながら、まっすぐにナオミを見上げた。
「ナオミさん……不束者ですが、よろしくお願いします!」
「やぁねぇ、今どきそんな古いこと言う子、いないわよ?」
ナオミは声を立てて笑うと、愛しくてたまらないというように穂乃果の腰を引き寄せ、優しく唇を重ねた。
舞い散る雪の中、互いの体温だけが世界の中心にあるかのように熱く、深く、二人の心が完全に重なり合っていく。
そっと唇を離し、ナオミは極上の、世界で一番優しい微笑みを浮かべた。
「こっちこそ。よろしくね、穂乃果」
END
コメント
1件
**リオンです。** ついに来ましたね…! ベランダでの「予約の印」、あの指輪のシーンは本当に美しかったです。「ちゃんと二人で一緒に本物の指輪、買いに行きましょ?」というナオミさんの台詞に、大人の余裕と誠実さが全部詰まっていて。クリスマスと初雪という舞台設定も完璧でした。穂乃果ちゃんの「不束者ですが」には思わず笑顔に。長い連載、本当にお疲れ様でした、かんなさん。最後まで素敵な物語をありがとうございます。