テラーノベル
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雨の夜から数日
オフィスの空気は、以前と何も変わらないように見えた。
「舞先輩!この資料の最終チェック、お願いしてもいいですか?」
デスクにやってきた黒瀬くんは、いつものようにキラキラした、一点の曇りもない笑顔を振りまいている。
周囲の女性社員たちは「今日も癒やされるわね」なんて目を細めているけれど、私だけは知っている。
その笑顔の裏にある、私だけに向行けられる本当の熱を。
「……うん、そうね。今日も問題ナシかな。さすが黒瀬くん」
「やった!」
そう言って資料を受け取る瞬間、机の下で、彼の指が私の小指にそっと絡められた。
一瞬の、秘密の接触。
私は心臓が跳ねるのを必死で隠しながら、凛とした表情でパソコンに向き直る。
昼休み。屋上の影になったベンチで、私たちはようやく短い二人きりの時間を過ごしていた。
「…ねぇ、黒瀬くん───いや、蓮くん。いつまでこの『可愛い後輩』のフリを続けるの?」
「いいじゃないですか、楽しいし。……それに、こうしてたまに二人で隠れるのも、ドキドキしません?」
彼は私の膝に頭を乗せると、幸せそうに目を細めた。
その姿は、本当のわんこのようで微笑ましい。
「あ、そうだ。舞さん、これ」
彼がポケットから取り出したのは、シンプルで上品なデザインのネックレスだった。
「指輪は、もっとふさわしい場所で渡したいから……今はこれ」
「蓮くん……」
彼は私の首元に手を回し、丁寧にネックレスを留めてくれた。
指先が触れるたび、あの激しかった夜のことや、雨の中の告白が思い出されて胸が熱くなる。
「……僕が独占欲強いのもう分かってると思いますけど」
彼は私の耳元に唇を寄せ、周囲には決して聞こえない、低く甘い声で囁いた。
「ずっとそばにいてくださいね、先輩以外の女性…考えられないんで」
その瞳は、愛しい人を守り抜くと決めた強くて優しい男のそれだった。
「……ふふっ、私も。他の女の子に目移りしないように掴まえててあげる」
午後のチャイムが鳴り、私たちは何食わぬ顔でオフィスへと戻る。
「舞先輩、午後もよろしくお願いします!」
「ええ、頑張りましょう。黒瀬くん」
笑顔で挨拶を交わす二人の机の下で、一瞬だけ強く、強く手が繋がれた。