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生肉って、どうしてこんなに美しいんだろう。
皿の上にきれいに並んだ鮮やかな赤身に、白い脂がほんのりと差している。醤油をつけると表面がつやつやと光った。箸で一枚持ち上げ、おろしニンニクを少しのせて口に運ぶ。ねっとりとした濃厚な旨味と、独特の甘みが広がった。
「うまっ……」
思わず声が漏れる。よく冷えたビールを流し込み、喉を鳴らして飲み干す瞬間は、まさに至福だ。
「美味しいかい? 美月ちゃん」
カウンターの向こうから、作務衣姿の店主が気さくに声をかけてきた。ここは駅裏の路地にある小さな居酒屋『大自然』。店主の健二さんが一人で切り盛りしている、私のお気に入りの隠れ家だ。
「最高です、健二さん。ここの馬刺しはやっぱり格別ですね。臭みが全然なくて、いくらでも食べられちゃう」
「そいつはよかった。会津から直接仕入れてるからね。鮮度だけは自信があるんだ」
健二さんはグラスを拭きながら、ふと思い出したように尋ねてきた。
「そういえば美月ちゃん、競馬が好きだったよね。こないだそんな話をしてた気がするけど」
「あ、はい! 大好きです。馬券を買うのも楽しいですけど、私はどちらかというと、走っている馬たちの姿そのものが好きなんですよね」
「へえ、ロマン派だ。あ、『一口馬主』とかもやってるって言ってなかったっけ?」
「よく覚えてますね。まだ2頭だけですけど、そのうちの1頭が、この前ちょうどデビューしたところなんです」
スマホを取り出し、お気に入りの写真を見せる。栗毛の馬体が、栗東の坂路を駆け上がっている一枚だ。
「この子です。名前は『メルティハート』。目がくりくりしていて、本当に可愛いんですよ」
「綺麗な馬だね。自分の馬が走るとなると、応援にも熱が入るんじゃない?」
「もちろん! この子が出るレースの単勝と複勝は絶対買います。でも、出会ってから他のレースの馬券はほとんど買わなくなりました。一口馬主って、結構お金がかかるんですよ」
健二さんが「へえ」と身を乗り出す。
「一口でも、馬を所有するわけだからね。正直、儲かるもんなの?」
「全然儲かりません」私は苦笑してグラスを置いた。
「最初に購入代金を口数で割って払うだけじゃなくて、2歳になってからは毎月の預託料とか保険料、クラブの会費も発生するんです。私のクラブだと、1口あたり月に数千円は確実に引かれます。それが2頭分なので、毎月一万円近い固定出費ですね」
「毎月? じゃあ、勝って賞金が入らないとずっと赤字ってこと」
「勝っても厳しいですよ。賞金は全額が馬主に入るわけじゃなくて、騎手や調教師への進上金とか、クラブの手数料、税金も引かれます。残った額を400口とか500口で割るので、手元に入るのは本当にわずか。よほど大きな重賞でも勝たない限り、投資としては赤字です」
「なるほどねえ。割に合わないのに、どうして続けるの?」
素朴な質問に、私は胸を張って答えた。
「決まってます。馬が、私の『推し』だからです」
「推し?」
「そうです。アイドルを応援するファンと同じですよ。ライブに行ってグッズを買う感覚です。私が毎月払っているお金が、その子のカイバ代や日々のトレーニング費用になる。つまり私の資金で推しが育てられている。これって最高の推し活だと思いませんか」
「なるほど。ファンクラブの最上級みたいなもんだ。美月ちゃんにとっては、その馬たちがアイドルなんだ」
「はい。だから、元気に無事に走ってくれさえすれば、それだけで幸せなんです」
そう言って、私は再び箸を伸ばし、皿の馬刺しを一枚口に運んだ。やっぱり美味しい。この歯ごたえと旨味は、他の肉では味わえない。
#心霊
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すると健二さんが、少しおかしそうな、それでいて引きつったような笑みを浮かべて私を見た。
「……あ〜。じゃあさ、美月ちゃん。いま推しを食べてるってこと?」