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「痛いっ、なに…」
「行くな」
リアムが僕の腕を掴んで掠れた声を出す。
指が食い込むほどに強く掴まれた腕が痛い。
どうして僕を止めるの。同情心から?それとも優しさ?どちらにしても止めてくれるのは嬉しい。だけど僕がここにいたら、いつか追手が来てリアムに迷惑をかける。それは絶対に嫌だ。だから。
「手を離して。僕は今、自由なんだ。国ではずっと監視されていた。自由なんてなかった。でもやっと自由を手に入れたんだ。だから好きにさせて欲しい」
「フィー…」
「あ、あとごめん。この服勝手に着てしまって」
「いい。あれらの服は全てフィーのために用意したものだ」
「そうなの?ありがとう。ついでに僕のマントも返してもらえると助かる。さすがに銀髪を晒して行くのは目立つから」
「…わかった、取ってくる。先に厩舎に行っててくれ。そこにおまえの馬もいる」
「あ…ロロも連れて来てくれたんだね。本当にありがとう」
「いや…」
ふい、と顔を逸らしてリアムが行ってしまう。
僕はしばらくリアムの後ろ姿を眺めた後にノアに笑いかけた。
「ノアもありがとう。家からここまでは遠いんじゃないの?リコを一人にして大丈夫?」
「大丈夫だ。街にリコのことを好きな男がいるんだ。とても良い奴。そいつにリコを頼んである」
「それならいいけど。僕はここを発つからすぐに帰ってあげて」
「は?何言ってんだよ。国境まで送る約束だろ?」
階段を降り始めていた僕は、無言で一階まで降りてノアに振り返った。
ノアも降りてきて僕の目の前に止まる。
「ノア。僕といて怖い目にあっただろう?今回はノアは襲われなかったけど、次は巻き添えをくうかもしれない。僕はノアを傷つけたくない。だから一緒には行けない」
「だけどよっ…」
「ノア。デネスに行った帰りにはノアの家に寄るから。必ずノアの家に行くまでは死なないから。だから家に帰って欲しい」
「フィル…」
ノアが力なく項垂れてしまう。
その姿を見て僕の胸が痛んだが、ノアに何かあったらと考える方が辛い。
僕はノアの肩をそっと押して、門番が立つ大きな扉に向かって進んだ。
門番に厩舎の場所を聞いて行くと、既にリアムが待っていた。僕と出会った時のように灰色のマントを羽織って自身の馬を撫でている。
リアムは僕に気づくと、近寄ってきて黒いマントを僕に被せてくれた。
「しっかりと髪を隠せよ。おまえの髪は眩しくて目立つからな」
「そんなことない…眩しいのはリアムの金髪だよ。リアムもどこかに行くの?」
「ああ。フィーと一緒に」
「なっ、なんでっ!」
「心配だから」
「大丈夫だからっ、これ以上は迷惑かけたくないっ!」
「フィー」
リアムが腰を屈めて僕と目線を合わせ、フードの上から僕の頭に手を乗せる。久しぶりの優しい手の感触に僕の目に涙がにじむ。
「な…に…?」
「俺は迷惑だと思っていない。だから我慢しなくていい。一人より二人がいいだろう?」
「ふ…」
「な?」
「……っ」
せっかく我慢していたのに涙が溢れてしまう。
唇を固く結んでぽろぽろと涙を流す僕を見て、リアムが困ったように笑った。
「ふっ、やっぱりフィーは可愛いなぁ」
「かっ、かわいくな…っ」
「可愛いよ…」
僕の頭が逞しい腕に包まれる。心地よい温もりに好きな匂い。僕は灰色のマントを握りしめて声を上げて泣いた。
いつしかリアムの腕の中は、僕にとって、とても安心する場所になっていたんだ。
またリアムとの旅が始まった。もう僕に甘い言葉を言わなくなったけど相変わらず優しい。僕が続けて肩と腹を怪我したせいもあって気遣ってくれている。
僕は申し訳なさから先にトルーキル国に行ったらどうかと話した。だけどリアムは「フィーのしたいことを優先させる」とはっきり言ったのだ。
リアムの中に僕を妻にするという想いは無くなったけど、友達だと思ってくれてるのかもしれない。
「そうだと嬉しいな…」
「ん?なにか言ったか?」
「ううん」
並んで馬に乗る僕の呟きを耳にしたリアムが、不思議そうな顔をする。
僕は小さく首を振って、つい先程ノアと別れた道を振り返った。
「ノア、一人で大丈夫かな」
「大丈夫だろう。自慢じゃないがバイロンは治安がいい。まあ女の一人旅は勧めないが」
「どうして?」
「治安がいいとはいえ、やはり夜は危険だ。魔物が出るし少数だが賊もいる。特にフィー、おまえは見目が良いから野宿など決してするなよ」
リアムの言葉に顔を前に戻し、苦笑しながら目を逸らす。
途端に「フィー」と厳しい声が聞こえ、僕の右手が握られた。
「もしや…野宿をしたのか?」
身体が触れ合うほどに馬を寄せたリアムの顔を、僕は恐る恐る見上げる。
リアムの端正な顔の中心に皺ができている。
「…しようとしたけど、ノアが声をかけてくれて…ノアの家に泊めてもらった」
「そうか。あの少年、口うるさかったが良い奴だな。後日褒美を届けさせよう」
「うん、ノアとリコは本当に優しい姉弟なんだ。僕からもお願いします」
「フィー」
「ん?」
リアムが僕の手を持ち上げ指先にキスをする。
僕は慌てて手を引いて少しだけ距離を取る。
まずい。心臓がうるさくて顔が熱いよ…。
「だめだよリアム。今までの癖でこんなことしちゃうんだろうけど…。僕は男なんだから気をつけないと」
「…そうだな」
ちらりと横目で見たリアムの顔が苦しそうだ。
苦しいのは僕の方。なのにどうしてリアムがそんな顔するの。ずるいよ…。
僕は俯いて小さく息を吐いた。しばらくしてリアムがまた話し出す。
「なあフィー、そろそろ聞いてもいいか。俺はフィーが善人だとわかっている。そして可愛くて優しいと知っている。なのになぜ、追われている?」
「……」
僕は黙り込んだ。
全てを話してもいいかな。呪われた僕のことを気味悪がらないかな。…いや大丈夫。リアムはきっと僕をそんな風に見ない。
僕はロロの向きを変えて、道から少し外れた場所に立つ大きな木に向かった。そして馬を降りて木陰に腰を下ろした。
リアムも後をついてきて、同じように馬を降りて隣に座る。
僕はしばらく風になびく草花を眺めていたけど、深呼吸をしてリアムに顔を向け口を開いた。
「…僕は、イヴァル帝国の王の子供。双子の片割れの王子だ」
リアムの目が見開かれ息を飲む音がした。