この作品はいかがでしたか?
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「好きだから」
そういう彼の声が顔のすぐ上から聞こえてくる。イザナさんの両手は私の両耳の横にあり、世にいう床ドン状態。そう理解した途端、全身の血が沸きあがって、動悸が高まる。
『…す、き?』
イザナさんの真似をするようにそう呟くと胸にストンと何かが落ちた。ずっと残っていた異物感がスゥと波が引くように消えていく。
「うん。好き、大好き。○○が望むならなんだってしてやる。」
重く暗く甘い声、イザナさんのその声はずっと耳に残る。忘れようとしてもずっと。
「オマエにはオレしかいねェンだよ、オレ以外必要ないし、オレ以外に必要とされない。」
酷い言い分だな、と思う。
…でも、確かにそうかもしれない。そう思うと同時に、脳内でバラバラに崩れていたパズルのピースたちが次々とぴったりはまっていく。
「……ずっと傍にいるって言え、離れないって」
闇を含んだようなイザナさんの低い声が異様なほどチカチカと鼓膜に痛く響く。それと同時にイザナさんに触れられている腕や首筋が熱に病んだようにじわりと火照っていく。
『…分かりました。離れません。』
絞り出すように、やっと出た声。我ながら機械的な言い方だな、と心の中で自虐気味に笑い、視線を落とす。
その瞬間、パチリと私の肩に顔を埋めていたはずのイザナさんと視線が絡み合う。
白く長い睫毛から覗くアメジストみたいに綺麗で、黒く濁った目が私を捉える。
「…ホント?」
『…はい』
まるで気圧されたように神妙に返事を答え、ゆっくりと身体を離し、真正面に移動した彼の顔を見て静かに頷く。
見つめ合った時間は10秒も無かったはずなのに、私にとっては永遠と思えるほど長い時間だった。
「…大好き、○○。」
イザナさんはそう言って一秒のうちに数分が通り過ぎたような奇妙な見つめ合いを遮り、いつも通り私を抱え込む様に強く抱きしめた。無意識に体に力が入ってしまい、指の関節が砕けてしまいそうなほど強く拳を握り締めてしまう。
『…わたしも、すきです。』
こんな事言うなんて、私までおかしくなってしまっているのかもしれない。
本当に、無意識に口が勝手にそう呟いていた。ぼんやり霧かかっていく頭はほとんど使わず、私の中に染みこんでいるイザナさんの言葉を再び真似するように、自然と。
「…は、オマ…今、何て…」
イザナさんの心の高ぶりと焦りを抑えきれない酷く乱れた声を聞いた瞬間、ぼんやりとしていた頭がハッと我に返り、やっと自分が言った言葉の意味を理解した。
『……え、私……』
事の重大さを理解したその瞬間、羞恥から沸騰した熱い血液が頬に上ってくるのを感じる。体がどんどん熱さで染まっていき、心臓が跳ねる様に膨らんで肋骨を突き破るのではかと思うほどドキドキする。
違う、口が勝手に動いただけ。
『ぁ…ぇっと』
しどろもどろになる口調と息が苦しくなるほどの動悸にいっそ死んでしまいたいと本気で思った。何か言わなきゃと焦るたび、口は上手くまわらなくって、頭の中が真っ白になっていく。
ついにはもう黙りこくって、顔を隠すように俯き全てを諦める。膝に置く手が小刻みに震え、そのたびに目尻に乗っかっている涙が零れ落ち、頬へ流れる。
「……オレも好き、大好き。」
恥ずかしくて黙り込み小さく震える私の体を捕まえるように抱き締め、イザナさんは嬉しそうに「好き」という言葉を繰り返す。
『……も、もういいです……!』
今の私にとって「好き」という言葉は毒と同じで、体中が燃えている様に熱い。涙がグッとこみ上げてきて、必死に紡いだ声を詰まらせる。
違う、私はそんなこと。
そこで心の声は途切れる。自分の気持ちが分からなくなってしまった。
この初めての感情を表現する言葉が見つからず、ただただ涙とイザナさんの甘い言葉だけが止まらない。
「好きだよ、大好き。…○○は?」
イザナさんの言葉は多くの意味を重く含んでいるかのように大きく胸に響く。
『…私、は』
途切れた心の声を探すように思考を巡らせる。好き、ってなに。あの時の私の言葉はなに。
─昔、誰かが教えてくれたような 気がする。
好きな人と居ると心臓がいつもよりずっと大きく跳ねたり、嬉しくなったり、心や体が熱くなる、と。
『……すき』
『…好きです。イザナさん。』
_もしそれが本当なら、この感情は好きなのだろうか。
続きます→♡300
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