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どうしよう……。
僕、柴田サラは悩んでいた。机に突っ伏し、指先は、タタタッタタタッと落ち着かずにリズムを刻む。足も落ち着かず、ブラブラと宙で揺れている。
今日の晩ご飯の献立とか、卵が家にあったかどうかとか、そんな悩みではない。
今日の朝からの悩み。
***
「じゃあ、今日の時間割言っていくね」
まだ時間割がないから、それが出来るまでの間、先生からの時間割報告がある朝のホームルーム。教室後ろのホワイトボードの、「本日の時間割」に書かれないこともあるから、全員がメモを取る。
「まず、1限目が国語。2限目が理科。3限目は社会で、4限目は数学。で、5限目と6限目が今日は学活になります」
全員が頭上に?を浮かべて、フリーズする。
「先生、学活では何をするんですか?」
早めにフリーズが終わったクラスのしっかり者筆頭が質問を投げる。先生はそれを見事にキャッチして、
「学活では、委員会決めをしてもらいます!」
と言った。みんなが目を丸くする。そして、ワンクッション置いて、大半が歓声を上げた。
もちろん、僕はメモ帳に淡々と、委員会決め、と書いておいた。近くに、大声を上げて喜ぶ人の絵を書いて。
ホームルームが終わり、最初の授業の用意をする。クラスの嬉しそうな雰囲気につられて、僕もつい鼻歌交じりになってしまっていた。
真横に谷崎がいるとも知らずに。
「……綺麗な歌声だね」
「っ!?」
思わず、手に持っていたノートで谷崎を叩いてしまう。しかし、谷崎はそれを軽々と避けて、僕の机に両腕と顎を乗せた。そして、楽しそうな顔をして聞いてきた。
「ねぇ、柴田さんは委員会何にするの?」
「……言わない」
僕はこう言うことを既に決めていた。
谷崎がこんな質問をしてくる理由は、分かりきっている。僕と同じ委員会を狙っているのだ。顔にそう書いてある。私、狙ってますよって顔をしている。
谷崎はえぇー、と困ったような声を出すが、もし言ってしまったら、困るのはこっちだ。谷崎にはすまないが、今日は無視させてもらおう。
そう思った矢先だ。
「じゃあ、今日はずっと聞きに行くから」
谷崎が悪戯に微笑みながら、そう言った。
***
1限目、国語。
昨日の授業では自己紹介プリントなるものを書かされ、今日はそれを15分間でできる限り多くのクラスメイトに発表するらしい。
つまり、知り合いのいないぼっちは、誰にも発表することなく、静かに過ごすことができる!なぜなら、”できる限り”多くのクラスメイトに発表だからだ。できる限りであって、強制ではないので、誰にも発表できませんが通じるのだ!
ふふっ……。この15分間は、昼寝に使わせてもらおう!
そう意気込み、腕を枕にして机にうつ伏せになる。目を閉じると、窓から入ってくる陽気と日光で少しずつ眠気がやってくる。騒がしい声が遠くから聞こえて、身体がポカポカしてくる。
おやすみ……。
完全に意識がまどろみに落ちる。その直前だ。
「はい、起きてー!昼寝はダメだよー」
聞き覚えのある声に叩き起される。高くて、ちょっと大きめの声。
「うぅー……谷崎さん、うるさい」
寝起きの人間には、頭に響く。
谷崎は左手で僕のほっぺをつつき、右手で頬杖をついていた。僕の前の席に座って、その席の奴は谷崎の後ろで尋問を受けていた。
谷崎はほっぺをつつくのを止めて、机に置かれているプリントを指差す。自己紹介プリントだ。
読めってことか……。
僕は仕方なく、谷崎の自己紹介プリントを読み進める。谷崎が勝手に僕の自己紹介プリントを読み始めたが、誰にも発表しようとしてない手抜きだから、別にいい。
名前、趣味、好きなものとその理由、今の目標。よくある質問の項目に、谷崎らしいポジティブな文が書かれていた。
読み終えて、谷崎にプリントを返そうとした時だった。
ブワッ
「「わっ!」」
少し開けていた窓から、風が入り込んでくる。驚いて声を上げる谷崎と僕。
僕が軽く持っていたプリントは、あっさりと手から飛び出ていった。谷崎は、プリントが飛んですぐにキャッチした。
僕は立ち上がって、飛ばされたプリントを取りに行く。幸い、プリントの辺りには誰もいなかった。
安堵の息をつくと、ふとプリントに目がいった。裏面だが、下の方に何か書いてある。
プリントを持ち上げて読んで、僕は絶句した。
書かれていたのは、
「委員会、何にするの?」
今、谷崎が微笑みながら言ったセリフだった。
***
2限目、理科。
先生が早く授業をしたいタイプなので、自己紹介は昨日終わり、今日から早速授業だ。流石の谷崎も、先生の目の前のアリーナ席から、窓際後方のこの席までは来れまい。
僕はそう思って、先程出来なかった昼寝をすることにした。昨日、教科書を見ながら今日の範囲のノートを書いたから、何も心配はない。
太陽が昇り、日光が暖かい。……いや、少し暑いくらいなので、上着を脱いで、それを丁寧に畳んで枕にした。
腕をそれの前で組んで頭を乗せると、僕はすぐに寝息を立てた。
起きたのは、寝始めて10分ほどだった。もう少し寝るつもりだったが、何だか視線を感じたのだ。
眠い目をこすりながら、辺りを見渡す。クラスメイトは頑張ってノートをとっているし、先生はそれに応えて、楽しそうに黒板に字を書いていく。谷崎は分からなそうな顔をして、ポカンと……。
そこで気付く。谷崎が席にいない。
キョロキョロと探すと、 谷崎はすぐに見つかった。
僕の隣の席で。
寝起きだが、早速頭がフル回転する。
大方、先生に僕が寝てることを言って、寝ないようにするために隣の席でもいいですか?とでも言ったのだろう。だが、
……なんのためだ?
じっと僕を見つめてくる谷崎に対する警戒心と、頭の回転による遠心力で、眠気はどこかに飛んでいってしまった。
「……なん、で?」
小声で、谷崎に聞く。寝起きだからか、声はちょっと低かった。
「柴田さんを見るためだよ」
谷崎はニコニコしながらそう言った。
「といっても、監視と質問のためだけどね」
と付け足して。
「監、視?」
質問の方は分かるが、監視は何のためだろう?
「柴田さんが寝ないために、ね」
僕の心を見透かしたかのように、谷崎は理由を教えてくれた。だが、何というありがたい迷惑だ。僕は少なくともちゃんと勉強しているから、心配には及ばないのに。逆に、
「ノート、とってるの?」
僕は、さっきから手の進んでいない谷崎が少し心配になって聞いた。
「……あ」
谷崎は絶望を見事に表情で表すと、うめき声を上げながら机に突っ伏した。足はバタバタと忙しない。
可哀想だなぁ、と僕は思った。
でも元はと言えば、僕に質問をするために席替えを所望した谷崎なのだ。その時間と僕を見ている分の時間のノートをとっていなかったのは、紛れもなく谷崎なのだ。
つまり、僕がここで谷崎を助ける必要はない。自業自得だ。
「……」
そう頭の中で思っていても、僕は目の前の可哀想な女の子を放っておくことができないらしい。
僕はノートを机の中から引っ張り出して、谷崎の頭にぽんと乗せた。そして、谷崎が何か言う前にそっぽを向いて、窓の外を見ながらメモ帳に落書きを始める。
結果、谷崎は授業を乗り切り、僕にノートを返してきた。ただ、ノートには付箋が貼られていて、「委員会は?」とだけ書かれていた。
谷崎の目の前で、付箋に「言わない」と書いておいた。
***
3限目、社会。
先生は、自称18歳のアラフォーの男。お喋りで、自称オタク。だが少なくとも、自己紹介の質問コーナーで、オタクによるジョジョ立ちも分からなかったから、にわかだろう。……キャラが濃い。
ちなみに、谷崎の「柴田の昼寝対策のための隣の席」は、これからも続くらしい。つまり、僕はこれから事ある毎に谷崎と絡むことになる。
僕の隣の席だった人(確か、佐川)は、谷崎の席だったアリーナ席に移動したが、席替えの時に話しかけられたから、一片の負の感情もないらしい。恐ろしい谷崎パワー。
先生は、「隣の人と席をくっつける」と「恋愛が始まる」をイコールで繋げている、頭の中がお花畑な人だった。
「俺はね、考えたんだよ。この世で1番恋愛に近いものは何かってね。で、その答えってのが、学校なんだよね!だからぁ、教師になったと言っても過言じゃないんだよね!」
下手なウィンクをする先生。
「じゃあ、隣の人と、席をぉ!くっつけてぇ」
……忙しなく動き続ける両手と、カッコつけようとしている感じと、喋り方の癖で、僕の中で1番嫌いな先生に決定した。
渋々、谷崎と机をくっつけると、教室の至る所から嫉妬の視線を感じた。なんと、その中には先生のものまで。アリーナ席の美少女なんて、男教師からしたら幸運なんだろうな。
ふと、谷崎を見る。ニヤニヤと、笑いながら僕を見ていた。そして、スーッと付箋を差し出してくる。もう付箋には、「書いて!」しか書いていなかった。
授業中、谷崎はしつこかった。
小声で、
「ねぇ、書いてよー」
と言ったり。
ペシ!
無言で付箋を額に貼り付けてきたり。
目の前で付箋をひらひらさせたり。
流石にイライラしてきて、
いくら、僕が上着を枕にして寝ているからといって、先生もそろそろ怒ろうよ。谷崎は、全くノート書いてないぞ!
と、届くことのない念を送ったり、心の中で悪口を言ったりした。
先生は谷崎と僕のことを無視して、黒板に字を書く。時折、ちらりとこちらを見ては、不機嫌そうな顔をするが。
まぁ、ひとまずこの時間も切り抜けられたか。
授業が終わる5分前、僕はそう思っていた。
谷崎が、思ってもいなかった行動に出た。
上着を枕にしている僕の、セーターの中に、手を突っ込んできた。
「ひゃっ……」
思わず変な声が出てしまう。
そのまま、谷崎はふーっと息を吐いて、こっちに寄ってきて、耳元で囁いた。
「……弱いんだね」
そう言った時、チャイムが鳴った。
僕はすぐにセーターを脱いで、お腹と胸に引っ付いていた谷崎の手を取ると、急いでその場を離れた。
心臓はずっと、力強く、速く脈打っていた。