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超速度域の闘いを続ける――薊対ハイエロファント。だが戦況に変化は無い。当初と変わらぬ、伯仲の競り合いのままだ。
「どうやら、向こうは決着したようだ」
「そのようだな……」
二人は激しい攻防の中、残ったのは自分達だけという事態に気付く。
雫対エンペラー。時雨対チャリオットは終結。だが薊対ハイエロファント。両者は依然として戦闘の最中処か、まだ御互い無傷のままだ。
「全く……。のらりくらりと、何時まで小競り合いを続ける気だ?」
薊の刃鋼線を絡めた連撃を、全てかわしながら対抗するハイエロファントは、この状況の是非を問う。
「…………」
薊もハイエロファントから繰り出される、超高速の徒手空拳を流し続けている。
両者、全くの互角。
「まさかとは思うがこの闘い、打撃だけで決着するとは思っておるまい?」
それ即ち、このままでは何時までも戦況の変化は無いという事。ハイエロファントの言う通り、このまま無為に時間のみが過ぎていく。それは薊にも解っている。
真の強者による戦闘に於いて、重要なのは意味の有る一撃。それのみ。
それ以外の連続攻撃は、隙を突く為の布石に過ぎない。
「そろそろ本気を出したらどうだ? 御互いな……」
このままでは埒があかないと判断したハイエロファントは、攻勢を遮断し、地へと降り立つ。同時に薊もそれに追随し、御互い向かい合う。
「そうだな……。今の状況、そろそろ飽きた」
薊も全く同じ腹積もり。御互い、本気になるその瞬間を伺っていたのだ。
先に動いたのは――。
「御互い本気でやるのも初めてだな。一瞬で終わっても、恨むなよ?」
ハイエロファントだった。彼の雰囲気が一変していく。
「な、何あれ? 紫にぃ!?」
悠莉の言う通り、離れてても一目瞭然な程に映える――深い紫の極彩色へ。
毛髪と呼応している事から、ハイエロファントは特異点特有のそれだった。そして――閉じていた筈の瞼が開いていく。
当然、その瞳孔まで紫だった。
「目が開いたぁ!? えっ、でもあの人、盲目なんじゃ……」
悠莉の疑問は尤もだ。
「見えてません。力を解放する時、開くだけです。生来盲目とされる彼は、裸眼以上の超高精度な感覚を誇る『心眼』の開眼者……。盲目は彼にとってハンデ処か、最大の武器の一つなのです」
時雨に肩を貸している琉月が、その疑問に答える。当然というか、琉月はハイエロファントの事をよく知っている。かつて兄、薊が彼とコンビを組んでいた事を、間近で見てきたから。
そしてこの闘いに限っては、その行方が全く読めない。どちらが勝ってもおかしくないからだ。そしてどちらが勝つにせよ、御互い只では済まない事も。
「そして、彼の特異点としてのもう一つの武器が、静電気から雷現象まで自在に操れる特異能――『紫電』唯一保有者……」
ハイエロファントの本気の顕れである、真の姿と力解放が完了したようだ。琉月の言う通り、ハイエロファントの周りが帯電でもしているかのように、紫の稲光が渦巻いている。もし近付けば、それだけで感電する程の放電が。
「……アイツは、負けねぇよ」
「時雨さん? 気が付いたのですね、良かった……」
それまで意識を失っていた時雨が、目を覚ました事に琉月は安堵する。
「何たって、約束してるから……ね」
「えっ、何をです?」
「まだ内緒。心配無いよ、お義兄さんは勝つ――」
流石にそれを、時雨は今は言えなかったが、遠回しに答を言った事は御互い気付いていない。
それでも疑う事は無いのは、薊の勝利――それのみ。
対する薊は――。
「さあどうした? 早くその気になれ。今のままで何とかなると思う程、馬鹿でもあるまい?」
ハイエロファントは攻める事無く、薊へ発破を掛ける。まだ薊は迷っているようにも見えたからだ。
この状況で仕留めるのは容易。だが本気になるまで待つ。ただ勝つだけではプライドが許さない。薊の本気を上回って、その上で勝利する事に意義が有る。
「お前の主力とされる刃鋼線は所詮、お前の強大過ぎる力を隠す為の布石。かりそめの武器に過ぎん」
薊のSS級としての力が、所詮物理攻撃に過ぎない武具によるものだけの筈が無い。
ハイエロファントは更に続ける。
「お前達兄妹の、その真の力。特異点とはまた異なる超越者――“人在らざる者”。特異点に勝るとも劣らないと称された一族の末裔、その『鬼』の力をな」
薊の――そして琉月の持つ、その真の力の意味を。
“鬼”
一般的に鬼は邪悪なる者の象徴であり、古来から妖怪の類いでもある。また地獄の獄卒としての顔もあり、共通しているのは最も強大な力を持つ、最強の邪悪生物で在るという事。
妖怪が人と交わる事も有るように、稀に鬼と人が交わる事も有る。
人で在って人で無い。人で在りながら人を超えた者。鬼との混血である者の末裔は、現代に於いて尚、その遺伝子を受け継いでおり、異能力とは異なる――異能さえも超えるとされるその力は、狂座に於いても特別視され、その評価は先天性異能者『特異点』と同等の位置付けに在る。
薊と琉月の兄妹は、その鬼の力を受け継いできた一族の末裔であった。毛髪と呼応する異彩色魔眼とはまた異なる、特徴的な緋色の瞳こそが、鬼の血を受け継ぐ者の証。