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「もうどうなっても知らんぞ? 自分でも制御が効かんからな……」
意を決したのか、薊は両手を水平に広げる。鬼の力を解放する為に。
瞬間、地鳴りが起き、辺りの空気が震動し出した。薊の力に周りが呼応しているのだ。
そして薊の身体が大地から離反する。跳躍では無い。明らかに浮游している。同時に割れた地から岩石群も、薊の周りを衛星のように浮游していた。
「遂にその鬼の力、その真価を顕す――か。面白い事になりそうだ」
玉座に腰掛けたまま観戦しているエンペラーも、薊の真の力の解放に目を見張った。
薊の身体全体から発せられる、光幕のようなもの――
“オーラ(闘気・生気)”
全ての生体は、気の流れによりその生命を維持している。それは病に対抗するものから、身体を動かす為のものまで様々だ。
病は気からと云われるように、人間は様々な局面で、身体に変調をもたらす。気とは科学的物証を持たない、神秘的な類いのものだが、これを医学に――戦闘に応用出来る者も存在する。
薊のように視覚出来る程の気の流れを操れる者は、極めて稀だ。
薊のは正に闘う為の気。それを顕現したバトルオーラ。そのエネルギーの質量は、特異能にも匹敵する。
「覚悟するんだな。加減は出来ん、残念だが……」
薊は地へと降り立つ。力の解放が終わった。鬼というだけあって、その姿形も変貌すると思われたが、何時もと変化は無い。人としての姿のまま、鬼の力を宿しているのだ。当然、その力は先程までの比では無いのは明らかだろう。
「ん…………」
初めて目にする薊の力の程に、悠莉までもが言葉を呑み込めないでいる。肌で実感しているのだ。
「面白い……。この感じ、全身があわ立つわ」
ハイエロファントは薊の本気に、歓喜にうち震えている。これを上回って勝つ事に意義が有る。
――勝負は一瞬。
“臨界突破第二マックスオーバー、レベル『215%』……か。これはライカは、かなり苦労しそうだね”
激突の間近、エンペラーは薊の戦力を冷静に分析。そしてそれは贔屓目無しに、ハイエロファントの分が悪い事も。
“さて、どうなるかな?”
だが勝てないという意味でも無い。勝敗は神のぞみ知る。エンペラーも断言出来ない。
“それと、まさかとは思うが……”
それともう一つ、この闘いの勝敗以前に、エンペラーには気になる事があった。
それはほんの些細な、不確定要素。だが局面を左右しかねない程の重要な事。
――両者に動きが有った。
「さあ、来い!」
ハイエロファントが迎撃態勢を取る。
「……いくぞ?」
それを受けて薊が構え、攻撃態勢に移る。
先制は薊のようだ。ハイエロファントは薊の先制をいなしてから、カウンターで己の絶対の一撃を撃ち込み、確実に仕留める――その策に、絶対の自信が有ったのだろう。
薊が“敢えて”先制の掛け声を放った次の瞬間、戦況は決する。
「――ぐっ!?」
不意に洩らされる、ハイエロファントからの呻き。見えなかった、感じられなかった。
「速ぇ!!」
時雨も思わず声を上げる。それ程に一瞬の事だった。
ハイエロファントの腹部からは、裂傷による血が吹き上がる。薊は踏み込み、右掌打を繰り出しただけ。身体を貫く為だ。
何気無い一撃。だがとてつもない速度の一撃。果たして反応出来る者が、居るのかと思える程の。
ハイエロファントも流石だ。瞬間的に身を捻って、串刺しだけは避けた。それでも、カウンターを取る暇さえ無かった訳だが。
「ちいっ!」
予想外の事に、ハイエロファントは距離を取ろうとする。
“俺の心眼を以てしても、反応しきれんか……”
薊を侮っていた訳ではないが、それでも『これ程まで』とは思っていなかった事に、彼の計算も狂い始めた。
「遅い」
戸惑っている暇も無い。薊はすぐに返す刀で、追撃の一打を放つ。右の裏拳がハイエロファントの顔面を襲う。
それは薊のとっては、只の裏拳。だが他者に対しては強力極まりない、頭蓋骨破損処か原形も留めず破壊するだろう一打。
凶悪な意図を以て、顔面へと吸い込むように届こうとする拳。如何にハイエロファントと云えど、誰であろうとこれは避けられない。避ける暇は無い。
だが薊の拳は、捉えるその直前で止まる。
止めたのではない。何かに阻まれて、止められた。
ハイエロファントの周りを覆うもの――
“ライジング・ウォール ~紫電の壁”
それは幾多に束ねられた電気の壁。まさしく電磁波防御だった。当然、あらゆる物理攻撃を通さない。
ハイエロファントが咄嗟に展開した、緊急避難は間に合った――が。
「んなっ!?」
薊の拳は一瞬止まっただけで、そのまま電気の壁を打ち破った。
ハイエロファントはその拳を何とか避けるが、拳圧により頬が引き裂かれる。
「ぐっ……」
たった二合のやり取りで、ハイエロファントは力の差を痛感。
「どうした? お前は本気になれんのか?」
薊はすぐに追撃には向かわず、かつての相棒に発破を掛ける。彼の力は――特異点としての力は、この程度では無い事は知っているからだ。
「流石だな。久々だよ、ここまでひりつく闘いはな」
ハイエロファントとしても、この程度はまだまだ序の口。様子見段階に過ぎない。
「俺は充分本気のつもりだったが、お前相手ではそれでは足りないか……」
確かに先手は許したかも知れない。だが最終的に勝てばいい。勝った者が強い。ハイエロファントは策を練った。これに勝つには――。
「…………」
二人の闘いを、エンペラーは何時に無く神妙な面持ちで眺めていた。
“流石は鬼の力。『鬼薊』の渾名は伊達ではない……か”
エンペラーは素直に薊の力を讃える。
“それにしても、異能無しで『ルシファーズ・アーム』に通ずる速度と威力を出せるとはね。これはかなり……”
そしてこの闘い、明らかに薊が有利を示唆していた。