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月城 蓮桜音
4,944
ふわもちお餅
165
朝、目を覚ますと、横向きに寝ているマコトの胸の辺りで、アトリが丸くなっていた。
(あ、そうか。怖い夢を見たっていうから、隣に来てトントンしたんだっけ)
考えてみれば、同じくらいの年齢、17~8歳の男への対応ではなかったかも知れない。
しかし、今腕の中にいるアトリが安心して眠れているようなので、間違ってはいなかったのだろう。
その紫がかった金色の髪をすくように撫でてから、マコトはそっとベッドから抜け出した。簡易ベッドの方の蒲団を畳んで、壁際にベッドを静かに移動させる。
着替えて顔を洗い、窓を少し開けて換気する。軽く床を掃いて、モップで床を拭く。
窓の結露でカビが発生するのが嫌なので、少し洗剤を含ませた水で窓枠と窓を拭く。
換気が終わって窓を閉める際、ふと窓の下に目をやった。
昨日アトリが作って、マコトが外に出した雪だるま達が、そのまま窓の外に並んでいた。
気付かなかったが、角があったり口が大きく開いていたり、一つ一つが結構恐ろしい顔をしている。
怖い夢の中の怪物だったりするのだろうか。
「マコトおはよう」
がし、と後ろから肩に何かが乗ってきた。 横目で見ると、それはアトリの顎だった。
続いて、マコトの腰辺りに腕が回される。
寝覚めの機嫌は良さそうだ。
「おはよう…まだ部屋が暖まってないから、もう少し蒲団に入ってろ」
肩を顎でぐりぐりしながら、アトリは不満そうに言った。
「自分はそのかっこで結構動き回ってた癖に。俺ばっかりぬくぬくしてるの嫌だよ」
いい加減肩が痛くなってきたので、頭を鷲掴みして離そうと試みる。両腕は包帯が巻かれているから、そちらを掴んで引き剥がすのは躊躇われた。
「忘れてるかもしれないけど、オレは医者、アトリは患者だから。オレが動くのは当たり前。それに、この制服はそんなに寒くないからいいの」
まだアトリが食い下がる。
「せめて、朝ご飯持って来させて」
「なんでそうなる」
マコトは一旦、鷲掴みを止めて力を抜いた。
腰を抱いているアトリの腕の中で身体を回して、向き合う姿勢になる。
身長が同じくらいだから、一瞬鼻と鼻が触れそうになった。それにアトリが怯んだ隙に、肩を掴んでベッドに座らせた。
「もう一度いう。おまえは患者」
荒くなった息を整えてから、静かな声で言い聞かせる。
「まだ健忘の原因が判ってない以上、何かのきっかけで具合が悪くなる可能性だってあるんだからさ」
そしてシノブから習得した、圧を感じさせる笑顔で念押しした。
「で・あ・る・く・な。ってこと」
「はい…」
アトリは納得してくれたようだった。
修了論文のための滞在、と言ってある以上、病院のこともきっちり理解しなければならない。お仕事体験日記のような温いものを書くつもりはないのだ。
二人で朝食のあと、アトリの包帯を替えてから、シノブの回診に帯同する。
その後は、面会に来ている患者家族の話を何人か聞いた。
聞いた話を纏め、時計を見ると、もう正午に近い。
(アトリ、明らかにふて寝だったよな…)
病室を出る時、アトリは諦めたように蒲団を頭から被って背を向けてしまった。
自分だって、身体は元気なのに無期限で殆ど娯楽もない一室にずっと居ろと言われたら、きっと堪えられない。
時間に空きが出来たし、昼食の後二人で雪だるまでも作ろうか。
そんなことを考えながら、何となく窓の外に目をやった。
――木の下に、誰かいる。
見慣れた色のジャケット。
一瞬、自分がもう一人いるのかと錯覚した。しかしよく見ると、目深に被ったフードから、金髪が覗いている。
「…っ!」
(何やってんだ、あいつ)
勢いよく立ち上がり、外に出られそうな出入口を探す。廊下の大窓から出ることも考えたが、人目がありすぎた。職員の制服を着た者が窓から外に出たら、患者達を驚かせてしまうだろうし。
結局、自分達の部屋まで戻って、そこの窓から外に出た。
「アトリ!」
肩を竦め、彼は振り向いた。
「あ、もうばれた」
焦ってここまで来たので、呼吸が荒くなってしまった。肺一杯に空気を吸い込む。
「バレたじゃないよ。びっくりした」
「さっき、シノブさんが診察に来たとき、俺が履いてたっていう靴を返してもらったから、ちょっと歩いてみようと思って。…あ、上着はハンガーにかかっていたのでお借りしました 」
足を上げて、靴を見せてくる。とりあえず、裸足や部屋履きで雪の上に出て来た訳ではないので安心した。
「って、中身は入院着じゃん。次回はオレの服貸してやるから、今は戻ろう」
冷静に辺りを見回すと、エントランスから入った方が良さそうだ。アトリの足が寒そうだし。
そこに、聞き慣れた声が聴こえてきた。
「あー、せっかくまた来て下さったのに済みません」
声のする方を見ると、やはりシノブだった。
「もー、マコトったら何処に行ったんでしょ。もともと、何か思い付いたら即実行、って突っ走って行っちゃうタイプなのでね」
普段より数倍大きな声でシノブが誰かに話し掛けている。
絶対、マコトがいるのを判っていて、わざと声のボリュームを上げている。昨日リラと引き合わせてしまったことに罪悪感を感じているからだろう。
物陰に隠れて様子を伺うと、シノブと一緒にいるのは――やはりリラだった。
「いいえ、商談が終わって、研究所の方に戻る前に挨拶を、と思って寄っただけですから。マコトさんには宜しくお伝えください」
エントランスの方に来るようだったので、本格的に身を潜めようと、アトリの肩を抱く。と、アトリがマコトの二の腕を握り締めて来た。
「マコト……」
隠れよう、と促すまでもなく、
「あの人、怖い」
尋常でない力でマコトにしがみつく。
「目が怖い」
「目?」
マコトは首を傾げた。
彼らのいる位置からでは、リラの目など見えなかったのだ。
コメント
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14話読み終えたよ!朝のベッドでのアトリとマコトのやり取り、めちゃくちゃあったかかった…医者と患者の立場を守りつつも、ちゃんと相手を思って動くマコトの誠実さが好き。それでいて窓の外にアトリを見つけて慌てて追いかけるところ、ほんと“この人”って感じがして笑った。だけど最後の「あの人、目が怖い」の一言で空気が一変したな…リラ、何者なんだろう。次が気になる展開だった!