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『黄昏』北部陣地では激戦が繰り広げられていた。奇策に次ぐ奇策で『暁』を出し抜いた『血塗られた戦旗』幹部パーカーは、味方の砲撃支援を受けながら虎の子である装甲車六台を押し出した。
これは荷馬車の荷車を箱状に改造し、周囲に鉄板を張り巡らせたもので、銃が普及しつつある帝国で考案された兵器である。
中には数人が入り込めて前方には銃眼が備えられ、そして機関銃が取り付けられていた。
動力こそ人力に頼る他無いが、現地までは馬で運ぶことも出来る。発想そのものは、初期の装甲車である。
「進め進めぇ!奴らに一泡吹かせてやれ!」
パーカーは一台の装甲車を押しながら吠える。押手を含めて皆が馬から降りて装甲車の後ろに潜み、じわじわと距離を詰める。
その間にも大砲部隊が砲弾を塹壕陣地へと撃ち込んでいた。
対する暁は、飛来する砲丸は爆発しないものの殺傷力が強いため用意に頭を出すことも出来ずにいた。
「お嬢様!」
「砲撃目標は敵の大砲!あの奇妙な箱は此方で対処します!」
「はっ!砲撃継続!敵の砲兵を狙い撃ちにせよ!」
マクベスは一瞬判断に迷うが、シャーリィの指示により『血塗られた戦旗』の砲兵隊に砲撃を開始。装甲車を含む傭兵団への砲撃は後回しとした。
そしてそれは、パーカーの狙い通りでもあった。大砲の質では劣ると判断したパーカーは、奇策を用いることでその火力を分散させることを狙ったのである。
「大砲の連中には悪いが、囮になってもらう。接近戦に持ち込めば此方のものだからな」
「ああ、大砲は惜しいがお宝は目の前にあるんだ。また買うことも出来るさ」
パーカー達は下衆な笑みを浮かべた。砲撃を加えれば敵の大砲は、此方の大砲を潰すことを優先すると考えたのだ。そして狙い通り『暁』の大砲は味方の大砲を狙い始めた。
出来る限り長期間に渡って引き付けられるように大砲は横転した馬車で隠し、更に広範囲に展開させていた。
「このまま行くぞ!まるで城攻めだな」
「言えてるぜ!撃ちまくれよ!」
ゆっくりと前進する装甲車は暁からの銃弾を弾き、逆に銃眼に備え付けられた機関銃による掃射を行いながら塹壕に迫る。
「どうすんだ!?シャーリィ!これじゃ接近戦になるぞ!」
塹壕内では反撃もままならず、機関銃による掃射で死傷者が少しずつ増えていく。
「まさに奇策ですね。あんなものを用意するなんて。だから、奇策には奇策で対抗するまでです」
「なに?」
シャーリィの言葉にルイスが首をかしげる。それに構わず、シャーリィは信号弾を空高く打ち上げた。
それは、奇策を用いてきたパーカーすら予測のつかない秘策であり、そして記念すべき初陣であった。
信号弾を打ち上げて数分後、力強いエンジンの音を響かせながら塹壕近くにあった窪地からマークIV戦車四両が姿を現した。
彼らは窪地に潜み、念入りに擬装を施して時期を伺っていたのである。
「なんだありゃあっ!?」
「鉄の箱か!?勝手に動いてやがる!?」
突如現れた戦車にパーカー達は驚愕した。奇策が的中し、今まさに塹壕へ飛び込み得意の接近戦に持ち込まんとした時に、伏兵が現れた為である。
だがパーカーも経験豊富な傭兵。
「アイツらを破壊するように伝えろ!あのデカさだ!楽に当てられる!」
直ぐ様後方の大砲部隊に指示を飛ばした。その判断は決して間違いではない。だが相手が悪すぎた。
大砲部隊も突如現れた戦車に驚いたが、直ぐに目標を変更。『暁』からの砲撃を受けてはいたが、マークIVへ向けて砲撃を開始した。
「撃て!あのデカぶつをぶっ壊してやれ!」
『暁』の砲撃で八門あった大砲は二門破壊されたが、残る六門がマークIV目掛けて砲撃を開始する。
撃ち出された砲弾の内四発は地面に衝突して大地を抉るに留めたが、残る二発がマークIVの一両に立て続けに直撃。停止する。
その様子を見て『血塗られた戦旗』一同は歓声を挙げる。
「どうだ!」
「思い知ったか!」
「いやまて!あれを見ろ!」
だが、喜びもつかの間直撃を受けたマークIVは何事も無かったかのように前進を再開。その姿に一同は言い知れぬ恐怖を感じた。
マークIV一号車車内。
エンジンの騒音が鳴り響き、エンジンから出される熱は真夏であることもあってまるでサウナのように車内を熱する。だが操作を行う戦車兵達の士気は異様に高かった。
「日頃の訓練を思い出せ!俺達が無駄飯喰らいで無いことを証明するんだ!」
檄を飛ばすのは、ハインツ=ギュース。金髪蒼目の壮年男性であり、元は港湾エリアの工廠に勤めていたがマクベス自らがスカウトし、戦車に魅了され以後は戦車隊を率いる立場となって来るべき日に備えて日々訓練を繰り返していた。
無線機の実用化は間に合わなかったが、それでも日々の訓練で戦車隊は阿吽の呼吸とも呼べる高い連携を有していた。
「敵の大砲は砲兵隊に任せる!砲撃用意!目標!敵装甲車!」
銃弾や砲弾が浴びせられる中、覗き窓から前方を睨み据えて指示を飛ばす。
四人居る操縦士達がハインツの指示に従い戦車の向きを調整し、後続の戦車もそれに倣う。
両側面に搭載された57ミリ砲に砲弾が装填され、慎重に照準を付ける。
「化け物が此方に来るぞ!近付けるな!」
パーカーは慌てて応戦を指示。皆が小銃を発砲し、装甲荷車も向きを変えて機関銃による銃撃を浴びせる。だが、大砲の砲弾すら弾き飛ばすマークIVの装甲に銃弾はまるで意味をなさなかった。
「焦るなよ!まだまだ!まだだぞ!」
戦車隊は銃撃や砲撃をものともせずに『血塗られた戦旗』の隊列にゆっくりと迫り、そして遂に砲撃を開始する。
「停車!撃て!」
振動問題もあり、走行しながらの射撃は命中率が著しく低下することを訓練で知ったハインツは、レイミの助言を受けて停車して砲撃を行う制止射撃で精度の向上を図った。
ハインツの号令で砲弾が撃ち出された、後続の三両もそれに続いて砲撃を開始。
百発百中とはいかず、数発外れるが三台の装甲荷車に一発ずつが直撃。砲弾は鉄板を容易く貫き、内部でその信管を起動させて膨大なエネルギーを放出しながら爆発。内部に積まれていた弾薬類に引火して登場している数人の傭兵を瞬く間に粉砕。周囲に展開していた傭兵達を巻き込みながら大爆発を起こす。
それはまるで地上で花火が爆発したようにも見えて、『血塗られた戦旗』の傭兵達を戦慄させ、『暁』隊員達の大歓声が響き渡る。
ここに陸の王者となる戦車が初めて実戦投入された記念すべき日となり。
「うん、高いお買い物でしたが充分ですね。新型が楽しみです」
大歓声の中、莫大な資金を投じた成果を確認してシャーリィは有用性を再認識するのだった。