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「オメー、大丈夫なんか? からだの方は」
「あら、心配してくれるんですか?」
女性の働きは見事なものだった。
この狭い屋内で長槍を器用に取りまわし、並みいる黒服を次々と撥(は)ね飛ばしては、石突(いしづき)を走らせて打撃を加える。
時にはこれを元の短寸に変じ、敵の渦中を俊敏に駆け回って翻弄(ほんろう)した。
「恐らく、あなたの方が重傷なのでは? 私はかるい凍傷程度で」
「ざけんな! こんなもん!」
負けじと虎石も闘争心を剥き出しにして、一群に対する直情的な突撃を繰り返した。
敵の内懐(うちぶところ)に密着する心持ちで、決して窮地の間合いに身を置かないよう意識する。
「トラー! カヤさん起きないよーぅ!」
階段の上部から及ぶ情けない口振りが示す通り、いまだ霊威が発信される気配はなく。 愛用の得物は、一貫して沈黙に徹していた。
たしかに分(ぶ)は悪いが、一騎当千の加勢もあって、当面の雲行きに怪しいところは見当たらない。
「野郎っ!!」
向こう見ずな大振りが徒(あだ)となったか、梁(はり)に食い込んだ己の得物に難儀する敵の不如意に乗じ、お決まりの猛タックルを敢行する。
これを側壁まで一気に押しやり、胸部を力の限り圧迫して失神させる。
──あの得物パクれりゃ、もうちょい楽なんだろうが
試したことは無いが、恐らく拒否られる。
御遣と巫覡にはそれぞれ特定の周波数があって、波長の異なる赤の他人には決して儘(まま)ならないものだと、そんな風に聞いた覚えがある。
「ぬ……っ!?」
危うく頬をかすめた切先が、キラリと閃くのを待たず、堅固な厚底を使って手厳しい蹴りをくれてやる。
後方に打ち出された男性の身柄は、窓を割ってそのまま、ちょうど上半身を屋外に垂らす格好で沈黙した。
考えても仕様がない。 あのバカが起きる前に片ぁつけてやる。
そんな風に息巻いた矢先のことだった。
「ばっきゃらぁぁ!! てめぇら何やってんだぃ!?」
後続の黒服がぞろぞろと屯(たむろ)する戸外から、烈火のような大音声(だいおんじょう)が響き渡った。
見れば、何やら泡を食った様子の徒党が、揃いも揃って這々(ほうほう)の体(てい)をなしている。
「逃げんなボケコラ!!」
これを奇特にも追いかけまわす人物の体貌を認めた虎石は、背筋に電流が走るのを感じた。
袖のない白衣に、左右で丈の異なる緋袴をつけ、背中には小型の鎖鋸(くさりのこ)を負っている。
こちらの品には、数多の飾り紐が蛸足のように配されており、物品そのものの悍(おぞ)い見た目に反して、儀仗用かと見紛うばかりに華やかで厳(おごそ)かな印象を受けた。
「お知り合い?」
長槍で敵の鳩尾(みぞおち)を抑えつつ女性が問うも、返答はない。
“おや?”と思い顔をのぞき込むと、柄(がら)にもなく脂汗を浮かべた彼は、まるで化け物を見るような眼で、店先を注視していた。
「よぉトラやん! 久方ぶりぃ!」
「ボス………」
間もなく、片手に捕らえた一名の身柄を引きずるようにして、先方がずかずかと踏み込んできた。
健康的な肌の色に、身体の起伏を無闇にひけらかす装い。
目元はどことなく野性的で、口元は思ったことを直(ただ)ちに表しそうな、無神経とは似て非なる活きの良さが窺える。
見るからに、気風(きっぷ)のよい女丈夫(じょじょうふ)だ。
彼女を認めた途端、黒服の徒党もまた、虎石と同じような反応を示した。
当面のバカ騒ぎをただちに取り止め、いずれもカカシのように直立不動を徹底し、石像かと見紛うばかりに満面を強(こわ)ばらせたのである。
痛手を負った者ですら、その身を押してこれに倣うさまは、よく統制のとれた案配というよりも、どちらかと言えば不気味な印象が先んずる。
今しがた彼が唱えた“ボス”という語義に、その辺りの退(の)っ引きならない事情が込められているようだ。
そのように解したユキは、穂先を真上に休めて、ひとまず静観を決め込んだ。
黒服の一団を片っ端から小突いてまわった女性は、虎石の番が巡ってきたところで、握り固めた拳を解き、手のひらをポンと肩に置いた。
「大変だったみたいな? お前さんも」
「いえ……、すんません」
身長差があるため、なかば背伸びをする格好であるが、無様な具合を感じさせないのは、ひとえに彼女の余裕に満ちた物腰のせいか。
あるいは単に、虎石が身を縮こめているせいかも知れない。
「そちらさんは、お仲間? コイツが世話になってる感じかね?」
「いえ、妻ですが?」
「は?」
「オメー、マジか……」
場を少しでも和(なご)ませようと計らったのかは知れない。
きょとんした表情で唱えるユキに対し、女性は目を丸く、虎石はたちまち顔面を蒼白にした。
「トラー! やっぱり起きないよぉ!?」
そこへ、階上から顔をのぞかせたリースが、もう何度目かになる泣き言をよこした。
これは余計に話が拗(こじ)れそうだ。
そう予感したところで、すでに遅い。
「ワァオ! 巫女さんだぁ!?」
ラウンジの状況を見て取った彼女は、いそいそと階段を利用した。
しかし、その手はいまだピストルを握ったまま、表情こそ平生の無害なものに立ち戻っていたが、警戒を緩めるつもりは無いようで、目線を決して一ヶ所に止(とど)めようとはしない。
その模様に、生き方の妙というか、世渡りの工夫を見る思いがして、虎石はかすかに居たたまれないものを覚えた。
「賑(にぎ)やかじゃん。 いい仲間持ったね?」
「ボス……、セリさん」
ともかく、今はあまりそちらに気を向けている余裕はない。
表情を正し、女性の瞳をまっすぐに見る。
相変わらず、あまり直視を続けると、目の奥に火傷を負う錯覚に見舞われそうな眼光だ。
これに囚われず、要点のみを早急に問う。
「あんたなんすか? 俺をアイツに嗾(けしか)けたのは」
「あ? んん? その口振りだとお前さん」
わずかに眉を顰(ひそ)めた彼女は、すぐに得心した様子で、深々と息をついた。
無駄足を踏んだと知って落胆したか、よく日に焼けた顔色が、少なからず曇って見える。
何やら齟齬を覚えたのは、こちらも同様だった。
目線を逸らさず聞き直す。
「こいつら動かしたの、あんたじゃない?」
「はぁ? んなもん当たり前でしょうよ! 私ぁここにあんたが居るってんで」
声を荒らげて反論する途中、ふと周りの眼を気にした様子の先方は、コンコンとわざとらしい咳払いを加えた。
もっと率直な性格かと思いきや、やはり中間管理職としての体面には、それなりに気をつかっているらしい。
「じゃあ、こいつらも」
「あぁ、たぶんね?」
冷や汗を浮かべ直立する面々を、一巡して打ち眺める。
連中もまた、獅子身中の虫とやらに踊らされた口か。
「ほんじゃあ絞り上げても何も出ねえか、クソッタレ」
思い余った様子で、片手に捕らえた一名の頭に平手をくれた女性は、眉根を歪めて暫(しば)し考え込む所作をした。
「あ、それ知ってます。パワハラ」
「オメーは黙ってろ」
居心地に関しては、最低を通り越して、いよいよ針の筵(むしろ)に座っているような感覚を抱(いだ)き始めた虎石である。
このまま穏便に済めばいい。
しかし、相手の出方によっては
「悪いが、お前さんにゃちっとばかし話聴かせてもらうよ?」
「それは……」
ややあって、目線を澄ました彼女が言い難そうに唱えた言葉を受け、肝が潰れる思いがした。
さすがに見逃してはくれないか。
いや、それはいくら何でも都合が良すぎる考えだ。
組織の歯車として、あってはならない失態を演じたのはたしかだし、あの人の面目に泥を塗ったのも事実だ。
踊らされた、命令されたで済む話ではないだろう。
罪は罪として、きっちり償う必要がある。
ただ、それでも
「……そいつは、今じゃないとダメっすか?」
「はん?」
意を決して申し述べたところ、彼女は不思議そうに小首を傾げた。
部下の意見が余程に珍しかったのか。
そうじゃない。 下っ端にはそもそも、反論の自由が許可されていない。
上が白と言えば白。 黒と言えば黒と答えるのが当たり前の世界だ。
そこにわざわざ楯突くようなバカはいない。
身を惜しむのは当然で、食いっぱぐれるくらいなら、心を殺してでも仕事に従事する。
ちょっと前までは、たしかにそう思っていた。
しかし、
「いまの俺ぁ………」
「ご報告!!!」
その時だった。
風のように現れた黒ずくめの徒輩が、いたく動転した様子で大声を上げた。
かの軍団をまとめる頭目と思われるが、沈着な彼にしては珍しい慌てぶりだ。
そちらに気を取られる間際、地鳴りを伴った轟音が、一同の耳殻を重々しく脅かした。
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Central Dogma