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孫悟空ー
小桃を抱き締め、安心たのは一瞬だけだった。
ブシャッ、ブシャァア!!!
宇轩が百花の事を庇って、牛鬼が出した黒い棘に体を貫かれた光景が焼き付いた。
まさか、宇轩が百花の事を庇うなんて、思っても見なかったからだ。
「いや、いやあああ!!!宇轩っ、宇轩!!!」
百花が慌てて、地面に倒れ込んだ宇轩の体を抱き起こす。
「そ、そんなっ…」
俺の隣にいた小桃は口を押さえながら、宇轩を見つめる。
「チッ!!!」
ビリッ!!
刺された傷口から血が溢れ出す中、俺は服の袖を破り傷口を塞ぐ。
だが、気休め程度の布切れだけでは、血は止められない。
宇轩が助からない事は誰が見ても分かる。
牛鬼は百花と宇轩を見ながら、後ろに後退りして行く
。
そんな牛鬼を見たお面の女が、一瞬で背後に回ったかと思えば刀を突き刺した。
ブンッ!!!
ズシャッ!!!
「グアアアアアアア!!!」
「勝手に暴れておいて泣き叫ぶか、化け物。大人しくしていろ」
ドカッ!!!
そう言って、お面の女は牛鬼の背中を蹴り、地面に寝かせ、足で動けないように踏み付ける。
「ヴッ!!?離せ、離せええええ!!!!グアアアアアアア!!!!」
騒ぎ立てる牛鬼に、お面の女は突き刺さった刀を強く差し込み、グリグリと傷口を抉った。
グチャァ、グチャァ。
「器を無くしたお前は、ただの化け物だ。良い所なんだよ、この勝負が終わりそうなんだからな」
「どう言う意味だ、お面」
「お前が勝ったじゃないか、牛魔王を倒しただろ?」
俺の問い掛けに答えたが、お面の女の口調が変わっていた事に気が付いた。
この女の威圧的なオーラは何なんだ?
「ご、悟空さん!!!お面さんの様子が…っ!!!」
「言われなくても分かってる。俺が目の前で見てるんだからな…」
慌てる黒風を他所に、俺はお面の女の変化した姿を目の当たりしていた。
ベージュ色から真っ白に変色し、角のように生えた鳥の羽、長い髪の間から赤色の眼球が動いている。
光のない真っ黒な瞳、肌も着ているチャイナドレスさえも白で統一され、不気味で仕方がない。
お面の女の後ろから見える巨大な赤い眼球達が、静かに俺の事を見下ろしていた。
化け物にしては綺麗な、人間としたら恐ろしい容姿。
「白虎、どうしたの?顔色が真っ青だけど…」
「白虎って、あの白虎なのか?」
「生まれ変わっただけだろ?人間に」
小桃に尋ねた筈なのに、代わりに答えたのは目の前の女。
「ここには罪人の魂が生まれ変わる為に、常に戦う場所だ。阿修羅の名の下に、お前達の戦いを見物しいていた」
「阿修羅!!?アンタが、美猿王が言っていた阿修羅なのか…?」
まさか、お面の女が阿修羅だとは思っていなかった。
こんなすぐ側に、修羅道の番人である阿修羅が居たとはな…。
「あぁ、美猿王の遊びに付き合ってやってたけど…。中々、面白かった」
「面白いって…、どう言う意味ですか」
阿修羅の言葉を聞いた小桃は、震える手を握りながら尋ねた。
「ふ、小桃って名前だった?可哀想だって思ってるんでしょ?あの子供の事」
「え…?」
「可哀想って思うのは、必ずしも良い事とは限らない。あの子供にとって、他者から可哀想って思われるのは屈辱に感じる事だ」
「小桃は、死んでほしいくないだけだよ。辛い思いをして来たから、その分…、幸せになってほしいだけだよ」
小桃は俯きながら、阿修羅の問い掛けに答える。
「阿修羅、アイツは本当に死ぬのか」
「牛魔王としての力は、魔天経文に触れた影響で消滅
してしまっている。力を失った彼奴は、ただの子供に戻ったの。牛魔王と言う存在を殺したのは、悟空なんだから」
「もう、この世界のどこにも居ないって事になるのか」
俺は、ずっと牛魔王の事を殺す事だけを考えていた筈だった。
ようやく、この手で牛魔王を殺したのに、何も感じない。
何でだ、何で?
「嬉しい筈じゃないの?ようやく殺せたのに。不満そうな顔してるのは、何で?」
阿修羅は俺の顔を見ながら、不思議そうに尋ねてきた。
不満…?
牛魔王が死んだ事に、俺は不満に思っているのか?
「悟空…、悟空は、牛魔王がした事を許せれたんじゃないのかな。いや、違うな…。許していたんじゃない?」
小桃の言葉を聞いて、俺は驚きのあまり声が出なかった。
俺が、牛魔王の事を許していた?
「三蔵達と出会って、一緒に旅をして、色々な人達と関わって。悟空の考え方や捉え方が変わったんだよ」
「俺自身が変わったって言いたいのか、小桃」
「変わったよ?前よりも、もっと優しくなった。牛魔王がしてきた事は許せるものじゃない。五百年前の酷い裁判をさせて、悟空の心を殺した。三蔵達がずっと側にいたから、悟空の心が生き返ったんだよ」
話を聞きながら、俺は三蔵達と出会った時の事を思い出した。
アイツ等と出会わなかったら、俺は他人の気持ちに耳を傾けようとしなかっただろう。
ましてや、牛魔王の心の叫びを聞こうなんて…。
「死んだら駄目、絶対に死なせない!!!私の血を飲めば…っ」
百花の大声を聞いた俺と小桃は、急いで宇轩の元に向かう。
「怪我…、してない?百花…」
「してない、してないわ!!!貴方が私の事を庇ってくれたからっ。どうして、私なんか庇ったのよ…っ。
私なんかを庇わなければ、宇轩は…っ」
「百花の事、助けたかったから」
虚な目を向けたまま、宇轩が手を伸ばし百花の頬に触れていた。
「そんな…、私の事を助けようとしなくて良いのに…っ。ごめん、ごめんねっ」
百花が宇轩の胸に顔を埋めながら、子供のように泣き喚く。
「「宇轩」」
俺と小桃、百花は声のした方に視線を向けると、若い頃の爺さんと女が立っていた。
二人の姿は俺達にしか見えていないのか、周りにいる奴等は何も反応しない。
「え…?この人達…、誰?」
「爺さんだ、隣にいるのは…」
「おじちゃんと、おじちゃんの奥さんって事?どうして、ここに…」
俺の言葉を聞いた小桃は、驚きながら爺さん達を見つめる。
「宇轩、ごめんね。助けてあげられなくてごめんね…、宇轩」
宇轩(牛魔王)
誰かが、僕の頭を撫でてる。
暖かくて優しい…、僕はこの手を知っている。
ボヤけた視界の中に入って来たのは、母さんの姿だった。
化け物の姿じゃない、死ぬ前の綺麗な姿の母さんと父さんの姿。
「お願い、死なないで宇轩!!!貴方は幸せにならないといけないの。今まで辛い思いをした分、幸せにならないとっ」
百花の言葉に答えたいのに声が出ない。
もう、助からない事ぐらい自分自身が、よく分かってる。
僕の中にあった妖怪としての力がなくなってる…?
影を操ろうとしても、動かせない。
「俺は、殺される前の宇轩と会った事がある」
「は…?なに、いきなり」
「なんて言えば良いんだ…?あぁ、お前の記憶の中に入ったって言えば良いのか」
「僕の記憶の中に入った?」
悟空の言葉を聞いて、お兄さんの顔が頭に浮かんだ。
何だ、僕が会いたかった相手は、悟空だったのか。
「は、はは…、悟空だった…のか。結局、僕は騙されてばかりの人生だったな」
心を許した相手に二度も騙され、利用されて来た人生。
いや、騙されたのは一度だけだ。
悟空は僕を騙してなんかいない。
悟空の事を騙したのは、僕じゃないか。
ネチャ…。
何か粘りのある液体に触れ、指先を見てみると黒い液体だった。
「宇轩、お前はこれから死ぬが、何処にも逝けない。お前の親も召される事のない魂となり、感情も無くなり只々、何も無い世界で彷徨うだけ」
阿修羅と呼ばれた女は、僕と両親の事を見ながら説明する。
「そんなっ、輪廻転生さえも出来ないの?こんなのおかしいわ!!!何で、宇轩と宇轩の家族だけ出来ないのよ」
「百花と言ったか。宇轩は母親の魂を縛った事により、母親は輪廻転生ができなくなった。須菩提祖師も、自身の妻の死に抗い、花妖怪達を無差別に殺し、
血を使って化け物にした罪だ」
「「え…?」」
阿修羅の言葉を聞いた小桃と百花は、驚愕の表情を浮かべた。
「本当なの…?」
「爺さんが花の都に結界を張り、花妖怪達に親身になっていたのは、罪滅ぼしをしていたんだ。爺さんがした事は身勝手な願いからきた物だ」
「おじちゃんはそんな事、一言も…」
「小桃に言える訳が無いだろ、花妖怪達を殺していたなんて」
悟空は小桃の問い掛けに答えると、百花の隣まで歩いて来る。
「爺さんは、お前が悲しまないように花妖怪を殺して生き還らそうとした。何で、爺さんが甦らそうとしたか分かるか」
「…?」
「三人の時間を取り戻したかったんだよ」
「はは…、父さんが口に出しそうもない言葉…、だね」
最後くらい、悟空に本音を一つだけ言っても良いよね…。
「ゴホッ、悟空…。ずっと、言いたい事があったんだ」
血を吐きながら言葉を続けると、悟空が僕の目線に合わせるように膝を折る。
何だよ、そんな優しい目で僕の事を見るなよ。
「牛魔王として、生きて来て…、心の底から笑った事がなかった。だけど、悟空と出会ってから、笑えるようになった…」
「馬鹿みたいに笑ってたもんな、お前」
「はは…、僕は悟空の事が好きっだったよ」
「…」
ズルズルッ!!!
黒い泥々とした塊が勢いよく僕の体を飲み込んだ瞬間、悟空と百花が強く僕の腕を掴んだ。
ガシッ!!!
「悟空!!?百花ちゃんって、え!?」
小桃の足元に伸びた泥の液体が足首に巻き付き、小桃を泥の塊の中に引き摺り込み始める。
ズルズルズルズルッ!!!!
「お嬢!!!引き摺り出します!!!」
男の伸ばした手が掠り、悟空達に届く筈はなかった。
「グアアアアアアア!!!!」
「おっとっ!!」
阿修羅に踏まれていた牛鬼が暴れ出し、奇声を上げながら押し除け、黒い泥の中に体を捩じ込ませた。
ボチャンッ!!!
***
ミーン、ミーン、ミーン。
蝉の鳴き声が聞こえ目を開けると、何も無い真っ直ぐな道だけがあった。
肌を照り焼く太陽、真夏の気温を体全体で感じる。
ここは…、どこ?
僕は確か、黒い泥に飲み込まれて…。
「あははは!!!」
「こら、宇轩!!!走ったら危ないわよ」
僕の横を通り過ぎた小さな男の子は、後ろを振り返って誰かに満面の笑みを浮かべた。
あの男の子は僕…?
じゃあ、後ろにいるのは母さん?
恐る恐る振り返ると、レースの日傘を持っている母さんと父さんが歩いて来ていた。
「宇轩は今日を楽しみにしていたからなぁ、興奮するのも仕方ないよ母さん」
「それもそうね、いつも宇轩には寂しい思いをさせていたわね。今日くらいは、あの子との時間を大切にしないとね」
二人は仲睦まじく話をしながら、僕の横を通り過ぎる。
「早く行こうよ!!!」
「そんなに慌てなくても大丈夫だよ、宇轩。ほら、父さんが肩車してやろう」
「本当!?やった!!!」
幼い僕の体を抱き上げ、父さんは自身の肩に僕の体を下ろす。
あぁ、これは僕が僕であった頃の幸せな記憶だ。
確か、二人の仕事が休みで…。
隣町に来ている演劇団達の演技を見に行く途中で、この何もない真っ直ぐな道を歩いていたんだ。
そうだ、僕はこの道を知っている。
今、見上げれば、あの時に見た大きな…。
「あ、父さん見て!!!空に大きな雲があるよ!!!」
「あれは入道雲って言うんだよ宇轩」
父さんは幼い僕に向かって、空一面に広がる雲の名前を教えた。
ブワッと蒸し暑い風が吹き荒れ、目を開けると幼い僕だけが姿を消していた。
母さんと父さんが振り返ると、僕の姿が牛魔王の頃だった姿に戻る。
これは一体、どう言う事なんだ?
「宇轩、大きくなったのね」
「よく、頑張ったな宇轩」
母さんと父さんが優しく微笑みながら、僕に言葉を投げ掛ける。
胸が締め付けられて凄く苦しいのに、息をするのが痛いのに、言葉が溢れ出た。
「僕は頑張って来たよね?もう、嫌な事をしなくても、牛鬼の命令を聞かなくても良いよね?初めて出来た友達の事も、裏切り続けなくて良いよね?」
悟空の言葉を聞かなかったら、僕は父さんの事を誤解したままだった。
例え、輪廻転生をしたとしても現世で生きいたくない。
「もう、生きる事に疲れた」
僕の体を優しく抱き締めた母さんが、頭を撫でながら涙を流しながら呟く。
「宇轩、もう頑張らなくて良いのよ。もう、苦しまなくて良いの。もう、誰も殺す必要はないのよ」
「帰ろう、私達の家に。幸せだったあの頃に、三人で還ろう」
あぁ、僕はこの言葉が聞きたかったんだ。
二人から抱き締められ、僕は泣きながら二人の背中に手を回した。
***
一部始終を見ていた悟空と小桃、百花の姿は、今の宇轩には見えていなかった。
「お前まで付いて来たのかよ、小桃」
「引き摺り込まれちゃった。そんな事よりもだよ、ここはどこなのかな」
悟空の問い掛けに反論しながら、小桃が周りを見渡す。
「どうして、宇轩には私達の姿が見えていないの?それに、ここに入道雲なんて…、見えないわ」
小桃と同じように、百花も周りを見渡した。
宇轩の視界には夏空と道が見えているが、悟空達には
骸骨が地面一面に広がり、灰色の空だけ。
真冬のような冷気を含んだ風が、悟空達の体を冷やす。
「んだよ、ここは。めちゃくちゃ寒いじゃねーかよ」
「ここは虚無《きょむ》の世界だよ」
「お前も付いて来たのかよ、阿修羅。虚無の世界って何だよ、どう言う意味だ」
突然、現れた阿修羅に悟空は問い掛ける。
「言葉通りの世界だよ。何も無く、何も存せず、何者にもなれない、存在に意味を持たない者が逝く死後の世界だ。悟空、お前も死ねば虚無の世界に逝くんだ。須菩提祖師を化け物にしたのだ、逃れる事は出来まい」
「最初から、俺は良い死に方をしないって考えが頭にある。爺さんを化け物にした時から、天国に行こうなんざ思ってねーよ」
「…」
悟空の言葉を聞いた小桃が、黙ったまま隣に立つ悟空の手を握った。
小桃の思いを察した悟空もまた、黙ったまま小桃の手を握り返す。
「修羅道に堕ちて来た者達は皆、罪を償おうと戦を続けている。虚無の世界に行くのを、何よりも恐れているからな。宇轩と言うガキは、死んで牛鬼から解放されたかったんじゃないか。百花、お前が一番、分かっ
てるんじゃないの」
阿修羅に問われた百花は、唇を強く噛みながら言葉を吐く。
「つくづく、神が嫌いになったわ。不幸な人が救われず、本当に必要な人間程、生き辛い世界よ。なんで、私を汚した神達は、何度も輪廻転生をして生き還って。宇轩は確かに罪を犯してしまった、だけど輪廻転生をして、前世の記憶がないまま幸せになっても良いじゃない」
「宇轩は生き還る事を拒んだ。あの親子は無に還る事を望み、魂の姿になっても三人で居る事を願った。百花、この世に平等な事など無い。誰かの不幸と死の上で、世界は動いている。世界を変えようとするには、革命でも起こさない限り無理だな」
「逃す訳がねーだろ、宇轩!!!」
ドドドドドドドッ!!!
阿修羅の言葉を遮るように、牛鬼が叫びながら宇轩に迫る。
「牛鬼!?テメェ、懲りずに追い掛けて来たのかよ!!!」
「俺の命令を忠実に聞くガキだ。アイツの魂だけでも喰っておけば、俺は体を作り変える事が出来るんだよおおおお!!!」
牛鬼は大きな口を開き、涎を垂らしながら走って来ていた。
「ここまで生きる事に執着している奴は、珍しい。体を乗っ取る事に快感を覚えてしまい、化け物の姿になってしまったと自覚がないようだ」
「化け物の姿になった?元々の姿じゃねーのか」
「牛鬼も人の姿をして、この世に産まれて来たんだ。だが美猿王との長い戦をし、何度も生き還って来たが、体までは再生出来なくなっていた。そんな時に下界に堕ち、出会った人間が居たら?お前ならどうする」
「油断させて殺し、体を奪う…。その事しか考えれないだろうな」
阿修羅に問われた悟空は、牛鬼を見ながら答えた。
「三人まとめて食べてやる、食べたい、食べたい、食べたいぃいい!!!」
「チッ、さっきからうるせーんだよ。死んだ宇轩に、いつまでも執着してんじゃねーよ」
「あぁあ!?テメェには関係ねーだろうがああああ!!!!作り物は黙ってろおおおお!!!」
悟空の言葉を聞いた牛鬼は、怒りに身を任せたまま突進して来る。
ドンッ!!!
小桃と百花の背後に大きな黒色の鳥居が出現し、入り口の中に渦巻きが出来始めた。
「お嬢!!!」
「悟空さん!!!」
渦巻きの中から白虎と黒風の二人の上半身だけ出て来て、小桃と悟空の名前を呼んだ。
「早く出ないと、修羅道に取り残されるぞ悟空。もうじき時間が来るぞ」
「え!?牛鬼の事を止めないといけないのにっ、どうしたら良いの?」
「美猿王から言われたでしょ?勝った方しか、修羅道を出れないって」
小桃と阿修羅が話す中、百花は少し離れた距離で咳き込む。
「ゴホッ!!!はぁ、はぁ…っ」
百花の手のひらには紫色の血がこべりつき、体の限界を迎えていた。
「はぁ、はぁ…。小桃…、だけは逃さないと…」
ふらつく体で落ちていた刀を拾い上げ、牛鬼と悟空の元に向かう。
「百花ちゃん!?待って、待って!!!」
嫌な予感がした小桃は、百花の事を止めようと足を踏み出す。
ガシッ!!!
走り出そうとした小桃の腕を阿修羅が掴み、百花の元に行かせないようにする。
「離して、阿修羅!!!百花ちゃんの事を止めないと!!!」
「遅かれ早かれ百花は死ぬ」
「っ…」
「お前が出来る事は、百花の最後を見届ける事だ」
阿修羅の言葉を聞いた小桃の目から、大粒の涙が零れ落ちる。
悟空の前に出た百花は両手を広げて、突進して来た牛鬼の事を抱き止めた。
ガシッ!!!
「邪魔だ、百花ああああ!!!」
「お前、何してんだ!!!さっさと牛鬼から離れろ!!!」
百花の行動を見た悟空は、驚きながらも牛鬼から引き剥がそうとした時。
「小桃の事…、幸せにしてよ」
「っ!?お前、死ぬ気なのか」
悟空の問い掛けに答えずに、百花は牛鬼に口付けをする。
「牛鬼様…、もう宇轩を自由にして下さい」
グサッ!!!
そう言って百花は牛鬼の背中から刀を刺し、自分の体に貫通させた。
「グアアアアアアアアッ!!!!」
紫色の血飛沫が上がり、牛鬼が苦痛の唸り声を上げる。
「あ、ああああああ!!!!百花ちゃん!!!嫌、嫌ああああああ!!!」
「小桃!!!」
ガバッ!!!
泣き暴れる小桃の体を悟空は強く抱き上げ、黒い鳥居の中に向かう。
「嫌、嫌っ!!!そんな、百花ちゃん!!!!嫌ああああっ!!!」
悟空はただ、泣いている小桃の事を抱き締める事しか出来なかった。
今の小桃に何を言っても、慰めにすらならない事を悟空は分かっていたからだ。
阿修羅と共に黒い鳥居の中にある渦の中に体を滑り込ませ、悟空達は虚無の世界を後にした。
シュルルルッ…。
百花を抱き締めがら、牛鬼はその場で泣き崩れた。
冷たくなっていく体温を感じながら、牛鬼は泣く事しか出来ない。
たかが、刀で突き刺されただけでは牛鬼は死ななかった。
「あ、あ、ああああああああ!!!百花、百花!!」
「悲しいね、百花が死んじゃって」
「お、前は星熊童子…?何故、ここに…」
泣いている牛鬼の前に現れたのは、鎖の付いた首輪を
持った星熊童子だった。
「百花の事、取り戻したい?」
「あ、あぁ!!当たり前だろ!?俺の百花が死んでしまい、最高の器も失った…。俺には、俺には何も無い」
「無いんじゃなくて、奪われたの。奪われたなら、取り返せば良い」
「取り返す…?」
戸惑う牛鬼の顔を星熊童子は微笑みいながら、両手で持ち上げる。
「そう、私の忠実なペットになってね?」
カチャンッ。
そう言って、星熊童子は牛鬼の首に首輪を装着した。