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テラーノベルの小説コンテスト 第3回テノコン 2024年7月1日〜9月30日まで
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魔導師の役割は、その神秘な力を用いて人々の暮らしを助けるためにある。──というのがヒルデガルドのポリシーであり、今は亡き師より教わったことだ。実際、そうして多くの魔導師はあらゆる魔法で生活を豊かにしてきたし、もともと棲息している猛獣や、魔物たちを撃退する術も生み出してきた。


だからヒルデガルドには魔導協会が奴隷商と繋がりがあると分かった瞬間に、吐き気さえ催す嫌悪感を覚えた。大魔導師ともあろうものが悪事に手を染めていいはずがない。絶対に許すべき存在ではない、と。


そうしてギルドの受付までやってきて、まずはアーネストに手紙を出すことにした。彼に調査依頼を出しておき、報告を待ってから動くつもりだ。


「あの、知り合いに手紙を出したいんだが」


受付はイアンではなく柔和な雰囲気の長い金髪をした女性。特徴的な深碧色の瞳がヒルデガルドを映すと優しく微笑んだ。


「はい。明日の朝になりますが構いませんか?」


「もちろん。届けてくれればそれでいい」


「わかりました、では紙とペンをどうぞ」


アーネスト宛に遠まわしな言い方をするだけで理解してくれるだろう、と他の誰かが手紙を開くことを考慮した内容に認め、女性に渡して受理されると酒場に足を向ける。イアンがいなかったことにやんわり肩を落とす。


「はあ、暇だから酒にでも誘おうと思ったのにな」


「それではよろしければ私が相手でも構いませんか」


ふいに声を掛けられて不審な目を向ける。立っていたのはアディクだ。目の下に仄かなくまを作って疲れた表情を浮かべていた。


「アディク。もう仕事は済んだのか」


「おかげさまで。ヒルデガルドさんがいてくれて助かりましたよ」


二人で酒場のカウンター席に腰掛ける。アディクはウィスキーを注文して、肘をつきながら大きなため息をついた。


「遣り甲斐のある仕事なんですがね、どうにも下の方まで手が回っていなくて。ギルドの人員は膨れていくばかりなのに肝心な運営は人手不足ときて、頭を悩ませていたところだったんです。憲兵隊の方々も調査に乗り出してくれましたから、しばらくは私も報告をゆっくり待っていられそうで安心できましたよ」


捕まった男たちは黙秘を続けているらしく、明日には憲兵隊の本部へ身柄を移すことになり、アディクもまたしばらくはヒルデガルドが来る前の静かな日常に戻れる。目の下のくまが癒える時間があるかは、まだ分からないが。


「それは良かった。私のせいだと罵られるかと」


「まさか。感謝してますよ、本当に」


無言の時間が緩やかに流れ、まだ夜はこれからだとばかりに騒ぐ男たちを背に、グラスの氷が溶けて弾ける音だけが聞こえたような気がした。


「それにしても驚きました。捕らえた彼らのランクは三人ともシルバーでした。コボルトが手伝ったとはいえ楽に勝てる相手ではないはずなのに、まさか無傷で帰ってこられるとは……ずいぶんお強いのですね」


ヒルデガルドは首を横に振った。


「まさか。偶然、何もかもうまく行っただけさ」


「……ヒルデガルドさん。お言葉ですが、」


彼はこほんとひとつ咳払いをして、真剣な眼差しを向ける。


「シルバーランクの冒険者はそれなりに経験も積んでいます。いくらコボルトたちの力添えを含んだとしても本来無傷で済むはずがない」


どきりとさせられる。彼が自分の正体に近づくのではないかと落ち着かず、グラスを持つ手にわずかな力がこもった。


しかし、返って来た言葉に不安は吹き飛ばされる。


「ですから異例ではありますが、昇級試験など受けてみる気はありませんか? もちろん、イーリスさんとペアを組んでいらっしゃるようなので彼女にもぜひ。そうすればギルドで受けられる依頼の幅も広がりますし、悪い話ではないかと」


このときヒルデガルドは彼のことをよくできた男だと察した。失った冒険者の穴埋めをしつつ、彼女が依頼を確実にこなしていけばギルドの信頼も得られるだろうと先を見越しての〝勧誘〟と呼ぶべきものだ。


グラスに残った酒をひと息にあおり、彼女はにやっとしてグラスを持った手でアディクを指差して言った。


「中々に狡い男だな、君は」


「ふふ、ではどうされますか?」


「受けるよ、イーリスも喜びそうだし」


「ではもう一杯。奢りましょう」


「そういことなら、ありがたく頂こう」


周囲の喧騒が徐々に静まり、夜も更けていく。ヒルデガルドとアディクは意気投合して、言葉を交わすわけでもなく席を隣にして静かに飲み続けた。先にグラスを空にしたアディクが「そろそろ帰ります」と席を立つ。


彼はすっかり頬を薄紅に染めて、足取りにもいささか落ち着きがない。それほど強くないのだろう。彼女はひと口飲んで唇を潤し、小さく手をあげた。


「……案外面白いな、こういう生き方も」


かつて経験した険しい旅路とは違う、まったく新しい自由な世界。辿り着こうとしている場所はきっと同じだとしても、今の方が魅力的に感じた。誰とも関わらない時間の多かった彼女には何もかもが刺激的だったから。


「私も帰るとするか。ふふ、楽しみになってきた」

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