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#婚約破棄
霞花怜
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こちらの反応を見透かしたように、瑞樹からまた短いメッセージが届く。
『明日はショートステイの日でしたよね?』
母の予定を確認するだけの、何気ない一文。けれど柊吾には、その裏にあるものが分かっていた。
ショートステイの日が、瑞樹の夜勤明けと重なるよう、自分が調整して組んでもらっていることを、瑞樹が知らないはずがない。
知っているくせに、あえて気づかないふりをして尋ねてくるのだ。
(……絶対、分かって言ってるだろ)
悔しいような、嬉しいような気持ちが胸の中で混ざり合う。柊吾は少しだけ迷ってから、当たり障りのない返事を送った。
『そうです。最近は夜も落ち着いて過ごせているようで、安心して預けられます』
本当は、明日の夜を楽しみにしている。そのことだけは、まだ素直に書けなかった。
しばらくして、瑞樹から返事が届く。
『明日、戻るのが楽しみです』
たった一文だった。
けれど、その言葉は柊吾が書き込めなかった本音を、あまりにも簡単に言い当ててしまった。
明日の朝、迎えに来た職員に真理子を託したら、翌日の朝まで瑞樹と二人きり……。瑞樹が戻ってきたらきっと――。
風呂上がりの瑞樹に髪を乾かしてもらい、背中から抱き締められたまま、低い声で名前を呼ばれる。ベッドへ連れていかれたら、今度はどんなふうに触れられるのか。
想像が勝手に膨らみ、柊吾はスマートフォンを握ったまま、すっかり黙り込んでしまった。
どれほど時間が経ったのか分からない。
画面が再び明るくなった。
『柊吾さん?』
びくりと肩が跳ねる。
『返信が急に遅くなりましたね』
続けて届いた一文に、柊吾の頬が熱くなった。
『もしかして、明日のことを考えて、えっちな想像をしていましたか?』
「な……っ、ち、違うし……っ!」
思わず声に出して否定してから、ここがキッチンである事を思い出す。真理子はテレビを見ていてこちらに気付く様子はなく、柊吾の慌てた声だけが落ちた。
否定したところで、図星を突かれたことまで隠せるわけではない。返信欄を開いた指は、言い訳を打っては消し、結局、何も送れないまま止まっている。
そんな柊吾の様子まで、瑞樹には手に取るように分かっているらしい。
『違うなら、そんなに返信に時間はかからないと思いますけど』
続けて、もう一通。
『もしかして、我慢できなくて一人でしてます?』
『違いますから! 今は料理で忙しいんですっ!』
不名誉な疑いを、柊吾はほとんど反射的に否定した。
画面の向こうで、瑞樹が喉の奥でくつくつと笑っている姿が目に浮かぶ。
『料理中なら、そんなに顔を赤くする必要はありませんね』
「……っ、黒瀬さんのばか」
悪態をつきながらも、柊吾の口元には隠しきれない笑みが浮かんでいた。
その後、気を取り直して仕上げた夕食を真理子と共に食べて、薬を飲んだことを確認してから、ようやくテーブルに置きっぱなしにしていた封書手に取る。宛名のない封筒を裏返し、ためらいながら封を切った。
中に入っていたのは、数枚の書類。
母が過去に叔父一家へ振り込んでいた金額の一覧。毎月二十万円という数字が、何年分も並んでいる。さらに、その不足分と称した金額を合計した、身勝手な請求書。
『今まで受け取っていた金が止まったせいで、こっちは迷惑している』
『親の面倒を見るのは子供の役目だろう。芸能界で稼いだ金があるなら、払えるはずだ』
翔の字だった。
——ここまで直接、届けるために懲りずにまた来たのか。
柊吾の指先が震え始める。
「……ふざけるなよ」
母の年金でも、叔父たちの小遣いでもない。自分が身を削って働き、喉を壊しながら稼いだ金だ。それを、当然のように差し出せと言う。
「なんで母さんは……あんな奴らに、勝手に……」
怒りが込み上げ、手の中の紙がくしゃりと歪んだ。
その時、最後の一枚に目が止まった。
『この間は隣の部屋の男に助けられたと思ってるかもしれないが、無駄だ。あの録音があったところで、こっちは何も怖くない』
息が止まった。
録音。
そう言えばあの時、瑞樹はいつから聞いていたのだろう。翔が玄関へ足を踏み入れた時からか。それとも、もっと前から。
元アイドル。週刊誌。過去の名前。
翔が吐き捨てた言葉は、すべて録音に残っているはずだ。
(……黒瀬さんは、あのやり取りを録音したって言ってた。だったら、もしかして……僕が朝倉奏だって、もう気づいているんじゃないか?)
さっきまで軽やかに返していた瑞樹のメッセージが、急に怖くなった。
返信欄を開いても、指が動かない。
『明日、戻るのが楽しみです。早く、柊吾さんに会いたい』
届いたばかりの文字を見つめ、柊吾は唇を噛んだ。
コメント
2件
はわぁ♡マジで尊い!! 連絡のやり取りの時、マジでエスパーかと思った!!! 、つかあの野郎💢(翔)マジで許さん!!うちの、うちの推しカプの邪魔しやがって〜!!!(泣)作者様!!✨️また、続き待ってます!!!✨️✨️
ああ、もう……この焦れったくて甘い空気、たまらないですね。瑞樹さんに心を見透かされて慌てる柊吾さんのやり取り、読んでてこっちまで照れちゃいました。あの「黒瀬さんのばか」って呟きに隠しきれない笑みが浮かぶところ、すごく好きです。 でも後半の封書で一気に空気が変わって……過去の名前や録音のことを気にし始めた柊吾さんの不安が、瑞樹さんからの「楽しみです」のメッセージと重なって、切なくて。このあとどうなるんだろう。二人の関係がぎくしゃくしないか心配です。かんなさんの心理描写、今回も繊細で美しかったです。続きが気になります🌷