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第六話:バギーと優しい女
あるとき、バギーはまたしても仲間たちとはぐれてしまっていた。
いつもどこか抜けている彼だが、今回は運悪く補給もままならず、腹をすかせたままふらふらと小さな港町にたどり着いた。
「……クソ、なんで俺様がこんな目に……」
バギーは石畳の道にしゃがみこみ、頭を抱えた。普段なら威勢のいい言葉を並べ立てる彼も、空腹には勝てなかった。
そのとき——
「大丈夫ですか?」
優しい声が耳に届いた。顔を上げると、そこには淡い緑色の髪を後ろでまとめた女性が立っていた。エプロン姿で、手には買い物袋。どこか見覚えがあるような……。
「……誰だお前」
「私はマキノ。この町の酒場をやってるの。あなた、ずいぶん疲れてるみたいだけど……」
バギーは思わず顔を背けた。
「べ、別に……ほっとけ」
「まあまあ、そんなこと言わずに。ごはん、食べていきませんか?」
マキノの言葉に、バギーの腹がぐうっと大きな音を立てた。恥ずかしさに顔を真っ赤にしながら、彼は一言だけつぶやいた。
「……い、いただく……」
マキノの酒場は、町の端にある小さな建物だった。中は落ち着いた雰囲気で、木の温もりに包まれていた。
バギーがテーブルにつくと、マキノはさっそくキッチンに立ち、慣れた手つきで料理を始めた。いい匂いがあたりに広がっていく。
「おまたせ。魚のスープとパン、それと少しだけど肉もあるわ」
テーブルに置かれた料理を見た瞬間、バギーは目を見開いた。
「う、うまそうじゃねえか……!」
一口食べた瞬間、思わず涙がこぼれそうになった。優しい味が、空腹だけでなく心まで満たしてくれるようだった。
「……なんだよこれ……うますぎる……」
「ふふっ、よかった」
マキノはにこやかに笑った。バギーはその笑顔に、一瞬だけ心を奪われた。
しばらくの間、酒場で休んでいたバギーだったが、外がざわつき始めた。
「なんだ……?」
外に出ると、数人の荒くれた海賊たちが町を歩いていた。バギーの顔色が変わる。
「こいつら……“鉄爪のジョロ”の手下じゃねぇか……!」
そのとき、マキノの声が外から聞こえた。
「やめてください!」
振り返ると、マキノが海賊に腕をつかまれていた。男はニヤニヤ笑いながら言った。
「なあ、酒でもただで飲ませろよ。な? ついでに……ちょっと俺たちと遊ばねえか?」
「離してっ……!」
「やめとけよ、女に手ぇ出すのはよぉ……」
どこかから声が響いた。男たちが振り返ると、そこには赤鼻のピエロが立っていた。
「誰だてめえ……?」
バギーはフッと笑って、マントを翻す。
「この俺様を知らねえとはな……バギー様だ!!」
そして次の瞬間、バギーは足元の石を弾き、宙に飛び上がった。手からはナイフが次々と飛び出し、男たちの武器を叩き落とす。
「うおっ!? なんだこいつ!」
「ふざけやがって!」
数人の海賊が向かってくるが、バギーはバラバラの体を活かして身をひるがえし、華麗に回避。頭だけを浮かせてマキノの横に来ると、にやりと笑った。
「おい、下がってろ。ここは俺様の舞台だ」
「……!」
そして、一瞬のうちに男たちを蹴散らすと、バギーは再びマキノの前に戻ってきた。
彼女は呆然とした顔で立っていたが、やがてポツリとつぶやいた。
「……ありがとう……」
バギーはふいっと顔をそらし、鼻を鳴らした。
「……勘違いするなよ、助けてもらったお返しだ。それだけだ」
「……ふふっ、そうなのね」
バギーは顔を真っ赤にして、叫んだ。
「な、なんで笑うんだよ!」
「だって……あなた、優しいのね」
「う、うるせえっ!」
その日の夜、バギーは町を出ていくことにした。マキノは酒場の前で彼を見送る。
「また……迷子になったら来てね。今度はもっとちゃんとした夕食を用意しておくから」
バギーは少しの間だけ無言だったが、やがてそっぽを向きながら答えた。
「……べ、別に飯目当てじゃねえからな。……けど、まあ……気が向いたらな」
そう言って歩き出した彼の背に、マキノは静かに手を振った。
そしてその背中に、少しだけ優しい風が吹いたような気がした。