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「新藤さん、今日はお手伝いありがとうございました。誰も捕まらなかったのでとても助かりました」
「担当として律さんのお手伝いをするのは当然です」
「せめてお茶だけでも飲んで行ってください」
すぐ退散するのが礼儀だろうけれど、空色と少しだけ話をしたい。
こんな機会も今日で終わりだろう。だからこれを最後だと思って彼女に接したい。
俺は空色の提案を飲むことにした。
早速彼女は俺のために珈琲を淹れてくれた。彼女は珈琲を控えているのでお茶菓子を挟んで俺に珈琲、彼女の前には水が置かれた。テーブルは一枚板のウォールナットを利用したもので、形が変形ギターのように見えた。
「素敵なテーブルですね。音楽好きのお二人らしい」
「はい。色々見て回ったのですが、このテーブルにしようと二人で即決しました」
この新居にとても合っていて、彼ららしいチョイスだと思った。
それから他愛もない話で談笑した。暫く話すと、空色が真剣な顔で俺を見た。
「あの……新藤さん。本当に今日までの間、ありがとうございました。お世話になりました」
「律さんに喜んでいただけたのなら、なによりでございます」
空色のために他の誰の家を作る時よりも頑張った。お前に喜んで欲しかったから。
「こんな風に家が形になるなんて……まだ信じられません」
「快適に過ごしていただけますよ。私が保証致します」
もう終わりなんやな。片思いはこれでピリオドを打つしかない。
うまく昇華していく方法を選ばないと。
「新藤さんのお墨付きなら、絶対大丈夫ですね。あ、珈琲のおかわり入れましょうか?」
そう言って立ち上がった彼女は神妙な顔で黙ったまま動かなくなった。
「律さん、どうかされましたか?」
「あ、あの……」
「なにか心配事でもあるのですか? もしかしてお腹になにかありましたか!?」
思わず焦った声で聞いた。なにもなかったらそれでいいけれど、無理させてしまったか――……?
「あの、今、お腹が少しチクっとして……それで…………そういえば今日、この子の鼓動をちゃんと確認して聞いたかなって…………忙しかったので覚えが無くて…………そう思ったら急に不安になりました」
そんな! 鼓動が聞こえないなんて、俺の母親が妹を死産した時と一緒や!
「病院へ行きましょう!」
「あ…でも……」
「お腹の子に何かあったらどうするのですか!」過去とリンクしてつい大声を上げてしまった。「取り越し苦労ならそれでいいのです! 病院まで送りますからっ。早く準備を!!」
「はっ、はいっ」
不安に思ったようで、ぼろぼろと涙を零して彼女は震えている。
病院に連絡を入れさせ、来院許可を取り付けるように伝えた。俺は急いで近くのパーキングに停めてあった自分の車を取りに行き、新居まで戻った。
「早く乗って下さい」
彼女を助手席に乗せ、乱暴な運転はしないができるだけ急ぐことを心掛け、アクセルを踏んだ。
「律さん、前にお話ししたでしょう」
俺は震える空色に声を掛けた。
「妹が同じ状態だったのです。大丈夫と言いながら無理をする。だから母体にも影響が出るのです。律さん、光貴さんにきちんと話をしておられますか? 光貴さんのメジャーデビューがかかっている大切な時だとはいえ、律さんだって出産という大きな舞台を控えたアーティストです。それなのに光貴さんは、今日も律さんを置いて行かれてしまった。行くなら行くで、もう少しフォローをするべきです。大変な引っ越し作業や梱包作業、妊婦の律さんがお一人でされたのでしょう? 段ボールの箱の書き込み、全て貴女の達筆で綺麗な字でした。今日もいつ子供が産まれるかもわからないのに配慮が足りなさすぎます。律さんやお子さんになにかあったら、どうするおつもりなのでしょうか。ご家族も来ていただけないようですし」
話していてだんだんイライラしてきた。
夫婦間や家族のことを他人の俺が口出す筋合いもないけれど、言わずにはいられなかった。
どうして誰も彼女のことを心配しない?
俺なら絶対こんなふうに一人にしない。大事に、大事にするのに。