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35話 「銀の瞳、灯る」
王都の朝は、相変わらず喧騒に包まれていた。
市場の露店からはパンの焼ける香りと香辛料の匂いが漂い、行商人たちの声が交差する。
俺たち三人――俺、ミリア、そして新たに加わったルーラ――は、ギルドから依頼書を受け取って表通りを歩いていた。
「今日の依頼は……貴族街の庭園清掃、ですか」
ミリアが眉をひそめる。
「楽でいいじゃないか。刃物を振るわなくて済むんだから」
俺はそう答えながらも、ルーラの様子をちらりと見る。
彼女は何も言わず、淡々と歩いていたが、視線は常に周囲を警戒していた。
庭園での仕事
貴族街に足を踏み入れると、場違いなほどの静けさと整然とした街並みが広がる。
依頼主は小柄な老婦人だった。
「まあまあ、若いのにご苦労さん。さあ、この蔓を切ってほしいの」
蔓といっても、庭の塀を覆う観賞用のもので、道具さえあれば簡単に刈れる。
俺とミリアは庭仕事に取りかかり、ルーラは花壇の整理を任された。
すると、老婦人が驚いたように声を上げる。
「まあ……あなた、よく植物の扱いを知っているのね」
ルーラは黙ったまま、枯れた枝を指で折り、根元に新しい土をかけていた。
その手つきは熟練者のように迷いがなかった。
依頼後の違和感
作業を終え、報酬を受け取った帰り道。
「ルーラ、あれはどこで覚えた?」
「昔……住んでたところで」
それ以上は語らなかったが、その一言に微かな重みがあった。
彼女の過去には、ただの奴隷という言葉では収まらない何かがある――そう感じた。
市場でパンと干し肉を買い、昼食を広場で取っていると、通りの向こうで人だかりができているのが目に入った。
「何だ?」
「盗賊かも」ミリアが立ち上がる。
小事件の発生
人混みをかき分けると、若い商人が顔を真っ赤にして叫んでいた。
「俺の財布を盗んだのはあの子だ!」
指差された先には、薄汚れた少年が立っていた。
少年の手には確かに金袋が握られているが、表情は怯えよりも憤りに満ちていた。
衛兵が近づき、少年を取り押さえようとする。
「待て、その子から事情を聞く」
俺は衛兵を制し、少年に目線を合わせる。
「本当に盗んだのか?」
「違う! 落ちてたんだ! それを返そうと……」
しかし商人は聞く耳を持たない。
解決と伏線
ルーラが一歩前に出た。
「この人……自分の腰の袋も切られてる」
皆の視線が商人に集まる。確かに腰の袋が切り裂かれ、中身が空になっていた。
「じゃあ……誰が?」
俺たちは周囲を探したが、真犯人の姿は見つからなかった。
結局、少年は解放されたが、商人は腑に落ちない顔で去っていった。
その一部始終を見ていたルーラの目が、妙に鋭く光っていた。
何かを知っているような――あるいは、昔似た状況にあったような。
夜の一幕
宿に戻ると、ルーラは窓辺で縫い物をしていた。
「それは?」
「服……ほつれてたから」
差し出されたのは俺の外套だった。昼間気づかなかったが、裾が裂けていたらしい。
「器用だな」
「……昔から、そうしないと生きられなかった」
その声には、わずかに震えが混じっていた。
ミリアはそれ以上追及せず、暖炉に薪をくべた。
静かな火の音が部屋を満たす。
次の嵐の予感
その夜、俺は夢を見た。
暗い森の中、銀の瞳がこちらを見つめている。
声は聞こえないが、助けを求める感情だけが鮮明に伝わってきた。
目を覚ますと、窓の外で遠く鐘の音が響いていた。
夜明け前の鐘――それは王都に非常事態を告げる合図だった。