小鳥のさえずりと共に、シャンフレックは目を覚ます。
最近は寝覚めが良い。
「んー……」
伸びをして、朝の光を浴びた。
呼び鈴を鳴らしてサリナを呼ぼうと思ったが、彼女は伸ばした手を引っ込める。
たぶん鈴を鳴らしたらアルージエが起きてしまう。
彼の部屋はそれなりに近いので、鈴の音も聞こえるだろう。
昨日も疲れただろうから、存分に寝てもらいたい。
彼女はそっと起き上がって部屋から出る。
直接サリナを呼びに行こうと思ったのだ。
「え」
「ん?」
だが、彼と不意に遭遇。
扉を開けた瞬間、廊下を歩くアルージエと会ってしまう。
バタン……と。
彼女は慌てて扉を閉める。
「しまった……」
小声で後悔を呟くシャンフレック。
寝ぐせも完全に治していないし、寝間着だし。
みっともない姿をアルージエに見せてしまった。
まさかもう起きているとは。
不安で眠れなかったのか、それとも早起きな性質なのか。
「シャンフレック、どうした!? 何かあったのか!?」
扉越しにアルージエの慌てた声が聞こえる。
咄嗟に扉を閉めたので、何か緊急事態だと思われたらしい。
「い、いえ! ちょっと驚いただけよ! 心配しないで!」
「そ、そうか……きみを起こしては悪いかと、こっそり部屋から出ていたんだ。すまない。僕は部屋に戻っている」
そして、アルージエも同じことを考えていた。
互いが互いを気遣った結果、こんな事態に。
遠ざかる足音を扉越しに聞き、シャンフレックはため息をついた。
もうアルージエが起きているなら遠慮する必要はない。
彼女は勢いよく呼び鈴を鳴らした。
***
「あははっ! 気が合いますね、お二方!」
シャンフレックの話を聞いたサリナは笑い転げた。
ふてくされた顔で髪を手入れされるシャンフレックを見ていると、サリナは愉快な気持ちになってしまう。
「だって……客人を気遣うのは当然でしょう? 彼が客人のくせに遠慮しすぎているのよ」
「それはそうですね。アルージエさん、堅実な性格みたいです。記憶を失う前は、かなり紳士な貴公子だったのでは?」
「別に今も紳士だと思うけど。でも、私と同じ思考に至ったのは恥ずかしいわね」
まともに着飾っていない姿を見られたのも恥ずかしい。
淑女としてあるまじき失態だ。
「お嬢様は美人ですから、大丈夫ですよ」
「外見の問題じゃないわ。公女として、恥ずかしい姿を見せたのがダメだというの」
「でもアルージエさんも寝間着だったそうじゃないですか。それなら、おあいこでは?」
それはアルージエに服がないからだ。
今は兄の礼服を与えているが、おそらく丈も合っていないだろう。
早々に採寸して、スタイルの良い彼に合う服を用意しなければ。
「一日の始まりから、出鼻をくじかれる気分よ。今日は……昨日できなかった作物の管理と、新しいドレスのデザイン……あ、その前に貢納と公共事業の管理を……」
髪を梳かれながら、シャンフレックは一日の予定を立てていく。
***
「こ、こほん。アルージエ、いい?」
「どうぞ」
客室に入ると、アルージエは本棚にあった本を読んでいた。
彼は読む手を止め、シャンフレックの方を見る。
「寝ぐせが直ったな」
「ぅ」
「ぴょこんとはねた寝ぐせ、かわいかったぞ」
「──!」
からかうように言われて、彼女は赤面した。
何か言い返したいところだが、特に言い返せることもなく。
俯いて黙り込む。
「すまない、意地が悪かったな。でも本当に綺麗だったんだ。着飾っているきみも素敵だが、ありのままのきみも美しかったよ」
「う、ありが……とう……」
喜んでいいのか、怒っていいのか。わからない。
少なくともアルージエに悪意はなさそうだった。
真正面から直球に褒められて、彼女は困惑するしかない。
貴族もよく誉め言葉を口にするが、それはほとんどが建前。
こうして心を直接ぶつけられるのは知らない感覚だ。
「さて、一日の始まりだ。まずは何をしようか?」
「まずは朝食。その後に私は公務をしたいのだけれど……ああ、そうだ。あなたの服を採寸したいの」
「僕の服を? しかし、そこまで長く世話になるのは……」
「記憶が戻ればそれでいいけど、戻らなかったらどうするの? まさかこの家から出て行くつもり?」
「そう考えていた。とりあえず近くの街で、日雇いで働ければと」
どうやらアルージエは自分の価値をよほど低く見積もっているらしい。
見るからに上等な身分で顔もよく、また賊に襲われかねない。
捕まってしまえば、今度こそ奴隷として売り払われる可能性もある。
「仮にあなたが貴族だったら、私は貴族を街に放り出して、勝手に働かせたことになる。悪いけどそれは無理よ」
「……そうか。だが、かえって安心したよ。きみと少しでも長くいられれば、僕は嬉しいから」
「だ、だから……そういうことは、あまり軽々しく言わないの!」
「そういうこと……? どういうことだ?」
シャンフレックは頭を抱えた。
彼は無自覚に人を口説いている。
実はアルージエが純粋にシャンフレックに好意を持っているだけなのだが。
彼女はアルージエが誰にでもこういう態度をすると勘違いしていた。
どこか調子の狂う感覚を抑え、シャンフレックは一日を始めた。
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