私
にとっての彼は……
そうね……強いて言えば、やっぱり男の子かしら? ふぅん……でもそれじゃあ全然わからないわよ! そんなの当たり前じゃないの。だって私にはわかっちゃうんだもん。
えへへ~♪ そっかぁ、そういうことだったのか。
私もいつかわかる日が来るかな? それはどうかしらねぇ? 少なくとも今はダメみたいだけど。
私にとっては彼は、あの人と同じくらい大事な存在だけれど……きっと彼女からすれば、ただそれだけの存在に過ぎないんでしょうし。
えぇ!? なに言ってるのよ、あんなの放っとけば良いだけじゃない! むしろこっちの方が大事に決まってるでしょ!! それにしてもあの人、なんでこんな時に居眠りなんかしてるのかしら? まったくもう! ちょっとそこのあんた、ちゃんと見張ってなさいよね! あたしたちが困ってるんだから、少しくらい助けてくれたって罰は当たらないわよ!……ふんっだ! もう知らないったら知らないもんね! ねぇ、どう思う? やっぱり、こういう時はあれしかないと思うんだけど! うん、決まりね! そうと決まれば早速準備しましょっか♪ それじゃあみんな、よろしく頼んだよ。
んー、そうは言ったけどさぁ。
正直、俺には荷が重すぎる気がするんだよなぁ。
うぅむ、しかし他に方法が無いというのも事実だし。
はてさて、一体どうしたものかな。
でもさすがにこれはやり過ぎじゃないか? いくらなんでもこれはひどいぞ。
おいお前ら! こいつらは俺様の部下だぞ!! おいお前ら! そっちの奴は誰の許可得てここに来てんだ!? おいお前ら! 俺の命令に従えねえのか!? ああもううるせぇんだよ!! いちいち命令してんじゃねぇ!! なんでそんなこともわかんねーんだよ!! 黙れよ! 何も言うなって言ってんだろ!! 俺はお前らの上司だぞ! 立場を考えろよ! わかったんなら早く行けよ!! はぁ……ったく、どいつもこいつも使えねえ野郎ばっかりだぜ……。
おいお前ら! そこの書類取ってこい! ほら、早くしろよ! グズが!! なにしてんだよ! 邪魔だからどっかに行っとけって言ったろうが!! あ? 聞こえなかっただとぉ? ふざけてんのか! 耳が悪いならちゃんと言えや!! 死にてぇのかボケッ!!! うっせぇよバカ!! 文句があるならはっきり言えって言ってるだろうが!! 黙ってないでなんか言い返せよ!! クソが! お前らみたいな使えない連中は全員クビだ!! 失せろクズどもが!!! ああそうだ、俺が悪かった。
全部謝るから許してくれ。
頼む、なんでもするから。
そうすりゃまた会えるかな。
あの時と同じ笑顔でさ。……そんなこと言われちゃったら、期待しちまうじゃんか。
「──……ん?」
ぼんやりとした視界の中、ゆっくりと目を覚ましたあたしが最初に見たものは見慣れぬ天井だった。
えーっと、ここはどこだっけ? 確か今日は友達の家に泊まりに来てて……そうだ! 昨日みんなでゲームしてたら盛り上がっちゃってそのまま泊まったんだっけ!? 慌てて起き上がった拍子に身体の上にかかっていた布団が落ちそうになるけどなんとか堪えてベッドから降りようとして、ふと気づく。
あれ? なんかいつもと違って凄く部屋が広く感じるんだけど。
それにこの壁紙とかカーテンってあたしの家じゃないよね。じゃあここって一体どこなんだろう。
「えっと、スマホはどこにやったっけ」
寝ぼけた頭のままとりあえず自分の荷物を探してみるものの一向に見つからない。仕方なく部屋の中を見回していると机の上にメモが置かれている事に気づく。そこにはこう書かれていた。『昨日の事は忘れて』それを見た瞬間僕は全てを思い出し急いで服を着替えると部屋を出て食堂へと向かった。
食堂に入ると既に何人か人がいてそれぞれ朝食を食べていた。僕もそれに倣って適当な料理を取り空いている席へと座った。そしてパンを一口食べようとした時だった。
「おはようございます」
突然背後から声をかけられ振り向くと一人の女性が立っていた。彼女は笑顔を浮かべながら僕の隣の椅子を引くとそこに腰掛けた。
「あぁ……うん、おはよう」
「あの……昨日の事なんですけど」
そう言いかけた所で彼女の言葉は止まった。恐らく思い出してしまったんだろう。今朝見た夢の内容を。
「その事だけどやっぱり無しにしてくれないかな?」
「えっと……はい」
少し間を置いて彼女が答えたので僕は安堵のため息をつくと改めて目の前にある朝食に手をつけた。しかしそこで問題が発生した。
「ねぇ、ちょっといいかしら」
再び女性の声が聞こえてきたのだ。しかも今度は隣に座っていたはずの彼女ではなく正面にいる人物からだ。
「ん? 何か用かい?」
「貴方の隣に居るのは、私ではない」
「私が求めているのは、貴方では……」
「私は、ただの人形」
「私は貴方のものにはなりたくない」
「貴女はいつもそうだね」
「貴方の言うことがわからないわ」
「君のそういうところが好きじゃないんだ」
「貴方の言葉の意味がわからなくて困っているの」
「君は僕のことを理解してくれない」
「私はちゃんと覚えてるわよ! あなたの名前!」
「……え?」
「だって私はあなたのことが好きだったから!」
「あーもうわかったってば……」
「じゃああたしのこと好き!?」
「なんでそうなるんだよ……ほら、行くぞ」
「ちょっと待ってよ~」
「だから待たねえって言ってんだろ! 早くしないと置いてくぞ」
「……うーん」
「ああん?」
「……まだかなぁ~」
「ああもう、うるせえ!」
苛立ちを隠しきれない声とともに、俺の身体はぐいっと引っ張られた。同時に視界が大きく揺れて、次の瞬間には目の前に大きな背中が現れる。その男は俺の腕を引っ掴むとそのまま歩き出し、俺はつられて足を動かした。
「ちょっと待ってくれよぉ」
情けない声でそう言うと、「ったくしょうがない奴だな」と言いながらようやく歩調を緩めてくれた。
そんなやり取りをしながらしばらく歩くと、ふいに男が振り返って言った。
「ほら見ろ、着いたぜ」
「わあっ」
思わず歓声を上げてしまい、慌てて口を塞いだ。
そこは一面の花畑だった。
色とりどりの花々が咲き乱れている。辺りには甘い香りが立ち込めていて、つい胸一杯に空気を吸い込んでしまった。
「すごいや」
感動して呟き、それから改めて男の顔を覗き込んだ。
歳は三十代後半といったところだろうか。浅黒い肌をしたその男は、やや細身の長身で、顔立ちはかなり整っているほうだった。
しかし目つきが悪くて、なんというか……かなり凶悪そうな面構えをしている。
そんな男が突然現れたものだから、当然のことながら店にいた客たちは一様に驚いていたし――俺だってそうだ。
「……あの?」
俺はとりあえず目の前の男に声をかけてみたのだが、反応はない。
聞こえなかったのかと思ってもう一度声をかけようとしたところで、ようやく男の口が開かれた。
「貴様は……勇者なのか?」
開口一番、わけのわからないことを言われた。
一瞬、新手の強盗かなにかかと思ったけど……よく見てみれば、店内にいる他の人間たちも似たような表情を浮かべていることに気づく。
つまり彼らは今、間違いなく俺のことを『勇者』だと思っているのだ。
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