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いつの間にはテーブルに突っ伏して寝ていた私は、カーテンの少しの隙間から射し込んできた光で目を覚ました。
部屋の中を見ると、聖夜さんの姿はない。
まだ帰って来てないんだ……。
窓の側に行き、少しだけカーテンを開ける。
昨日の夜、降っていた雪は止んでいて、空には青空が広がっていた。
アパート前の道路には所々、雪が残っている。
聖夜さん、どこに行ったんだろう……。
ーーガチャ
玄関が開く音がした。
胸がドクンと高鳴る。
部屋に入って来る足音。
振り向くと、そこに聖夜さんが立っていた。
私の姿を見ると、まるで幽霊でも見てるかのように驚いた顔をしている。
「お、おかえり、なさい……」
「あ、うん……」
私の言葉に更に驚いた顔を見せながら、そう返事をした聖夜さん。
聖夜さんの髪の毛や服が濡れている。
それを見ただけで、聖夜さんが一晩中、雪の降る中にいたことがわかる。
「もしかして、一晩中起きてたの?」
聖夜さんの言葉に首を左右に振る。
「そうなんだ」
聖夜さんはそう言って、少し困ったように笑った。
いつもの聖夜さんじゃない。
どことなく悲しそうで……。
苦しそうで……。
「あの……」
「ん?」
「ゴメン、なさい……」
「どうして謝るの?」
聖夜さんは不思議そうな目で私を見た。
「だって、私が……」
私があんなこと言ったから……。
でもあの時は苦しくて、あれが正解だと思った。
本気でそう思っていた。
苦しみから解放されるなら、聖夜さんに殺されてもいいと……。
だけど、今は……。
あんなことを言ってしまったことへの後悔の苦しみの方が強かった。
「雪乃は悪くないよ?ちょっと外の空気を吸いたかっただけ」
私が何を言おうとしていたのかわかったのか、聖夜さんはそう言ってクスリと笑った。
「聖夜さん……」
聖夜さんの言葉は本心なんだろうか……。
もし、それが本心ではなかったら……。
「シャワー、浴びて来るね」
聖夜さんはそう言って、部屋を出てお風呂場に行った。
私の中の緊張感が一気に解れ、その場に倒れそうになった。
しばらくしてシャワーを浴びていた聖夜さんが部屋に戻って来た。
ボディソープの香りが鼻を掠め、濡れた髪が凄くセクシーで、見慣れているお風呂上がりの聖夜さんの姿を見て、胸がトクンと跳ね上がった。
「雪乃もシャワー浴びてないんでしょ?」
「はい……」
「浴びておいで?」
聖夜さんはそう言って、私の頭にポンと手を乗せると、いつもの定位置であるパソコンの前に座った。
頭に残る聖夜さんの手の感触。
それが更に胸をドキドキさせる。
私はその場から立つと、部屋を出てお風呂場に行った。
シャワーを浴びて部屋に戻って来たら、パソコンの前に座っていた聖夜さんは床に寝転がっていた。
ずっと雪の中にいて寝てないから疲れたのかな?
…………って、ん?
なんか聖夜さんの様子がおかしい。
ただの寝不足で床に寝転がってるだけだと思ってたけど……。
眉間にシワを寄せ苦しそうに目を閉じている聖夜さん。
それに吐く息も辛そうで……。
「聖夜、さん?」
私は聖夜さんの側に行き、声をかけた。
ゆっくり目を開ける聖夜さん。
だけど、とても辛そうだ。
「大丈夫、ですか?」
「えっ?何が?」
「とても辛そうだから……。調子、悪いんですか?」
「あぁ、大丈夫だよ」
聖夜さんはそう言ってニッコリと微笑んだ。
でも私から見ると、とても大丈夫そうには見えない。
私は聖夜さんのおでこに手を当てた。
「聖夜さん、熱があるんじゃないですか?」
おでこが熱い。
聖夜さんの平熱が何度なのかわからないけど、明らかに熱のある熱さ。
「そう?」
私はコクンと頷いた。
「とりあえずベッドで寝て下さい」
「このままで大丈夫だよ。床が冷たくて気持ちいい」
「ダメです」
聖夜さんは私を見てクスクスと笑い出した。
「ねぇ、雪乃?僕のこと、怖くないの?」
「えっ?」
「キミはどうしてここにいるのかわかってる?」
聖夜さんはそう言って微笑む。
私と聖夜さんの立場は……。
殺人犯と、それを目撃したために拉致され被害者だ。
私は聖夜さんの言葉にコクリと頷いた。
「最初の頃は、凄く怯えていたのにね……」
聖夜さんはそう言って、手を伸ばすと私の頬にそっと触れた。
肩がビクンと跳ね上がり、胸がキューと苦しくなる。
やがてそれがドキドキに変わっていく。
「ゴメン、なさい……」
謝ることしか出来ない私。
そんな私を苦しそうに見つめる聖夜さん。
「どうして謝るの?」
「わから、ない……」
「謝らないでいいよ。僕は嬉しいんだ。雪乃が普通に接してくれて」
えっ?
私は目を見開き、聖夜さんを見た。
私の頬に添えられた聖夜さんの手。
優しく、そっと頬を撫でた。
私の頬から聖夜さんの手が離れる。
床に落ちた手。
目を閉じた聖夜さん。
「聖夜、さん?ベッドで……」
どうしていいのかわからない私は、聖夜さんにそう声をかけた。
「…………ん?あぁ、そうだったね」
少し目を開けた聖夜さんは、そう言って体を起こす。
少しフラフラした足取りでベッドに行くと、そのままベッドの上に倒れ込むように寝転がった。
「あの、体温計ありますか?あと風邪薬とか……」
「どうだろう……使った記憶がないから、ないかも……」
「じゃあ、レイナさんに買って来てもらうように連絡してもらえますか?」
私が買いに行けないから、レイナさんに頼むしかない。
でも私は携帯を持ってないし、レイナさんの連絡先もわからない。
熱はあるけど電話くらいだったら出来るだろうと思って聖夜さんにそう言った。
でも聖夜さんは首を左右に振る。
「寝てれば大丈夫だから。今までもそうしてきたし……」
「だけど……」
「本当に大丈夫だから……」
聖夜さんはそう言って笑顔を見せると、ゆっくり目を閉じた。
スースーと寝息が聞こえてくる。
本当に大丈夫なのかな……。
私は聖夜さんの寝顔を見ながらそんなことを思っていた。
私はキッチンに行き、タオルを水で濡らした。
それを持って部屋に戻り、聖夜さんのおでこにタオルを置いた。
体温計もなく薬もない。
レイナさんにも頼めない。
私に出来ることといったら、それくらいしかない。
タオルが乾いてきたら、水で濡らし、また乾いたら水で濡らす。
それを何回も繰り返した。
どれくらい時間が経ったか……。
何度目かわからないけど、聖夜さんのおでこに乗せたタオルを取り、キッチンに行こうとした時。
聖夜さんに手を掴まれた。
あまりの突然の出来事に肩がビクンと揺れる。
ゆっくり聖夜さんの方を向くと、目を覚ました聖夜さんがこちらを見ていた。
目が合い、胸がトクンと跳ね上がり、私は思わず目を逸らしてしまった。
「雪乃?もう、いいよ。ありがとう」
聖夜さんはそう言って目を細めた。
「あ、ゴ、ゴメン、なさい……」
「どうして謝るの?雪乃は謝ってばかりだね」
「タオルを……その、何回も変えたから……」
だから眠れなくて、もういいと断ったのかと思ったけど……。
「あー、それは違うよ。少し寝たら体調もだいぶ良くなったから」
聖夜さんはそう言ってクスリと笑った。
そしてベッドから上半身を起こす。
「ただの寝不足だったのかな?昔から寝不足になると、よく熱を出してたから」
「そうなんですね……」
「うん」
確かに、さっきよりも元気になってるような気がする。
苦しそうな顔もしてなくて、顔色も良い。
「ねぇ、雪乃?」
「はい……」
「昨日、なぜ逃げなかったの?」
「えっ?」
聖夜さんの質問に思わず声が出てしまった。
もしかして、私が逃げてもいいと思ってたの?
だから鍵もかけず、レイナさんに頼むこともしないで出て行ったの?
「逃げようと思えば逃げれたのに。チャンスだったのにね……」
そう言った聖夜さんの顔は少し寂しそうだった。
「わからない……」
私はそう言って首を左右に振った。
でも本当は、わかっていた。
私には、もう逃げようとする意思がなかったから。
聖夜さんが犯罪者でも構わない。
ずっと側にいたい。
そんな思いがあったから……。
聖夜さんがベッドから降りて、私の前に座った。
「聖夜、さん?ベッドで寝……」
ーー寝ていて下さい
そう言いかけた時……。
聖夜さんが再び私の手を掴み、引っ張った。
その勢いで体が聖夜さんの方に倒れる。
聖夜さんにギュッと抱きしめられた体。
高鳴る胸。
「聖夜、さん?」
震える声で聖夜さんの名前を呼ぶ。
胸が痛い。
ドキドキと痛い。
冗談だよね?
また前みたいに“冗談”って笑うんでしょ?
でも……。
聖夜さんの私を抱きしめる腕にギュッと力が入る。
「雪乃……」
耳元で囁くように言った私の名前。
その声は凄く切なく聞こえた。
「聖夜さん?」
何で?
何で冗談って笑ってくれないの?
ねぇ……。
「雪乃……雪乃……」
私の何度も呼ぶ。
聖夜さんが私の体を少し離した。
聖夜さんの目が私を捕らえる。
いつもの冷たく鋭い目じゃなく、切なく悲しそうな目をしている。
そして……。
聖夜さんは、私の体を床に倒していった。
上に聖夜さんがいて、私を見下ろしている。
前に垂れ下がった髪の間から見える聖夜さんの切れ長の目。
とても綺麗な顔。
私の胸はドクン、ドクン、と、激しく脈打っている。
お互いの吐き出す息の混じり合った音だけが静かな部屋に響く。
私は目を逸らすことなく、聖夜さんの目をジッと見ていた。
聖夜さんも私の目を見ている。
高熱が出た時のように、身体中に熱を帯び、顔が燃えるように熱い。
ドクン、ドクン、と、脈打っていた胸の鼓動は、だんだんと早さを増していく。
今の体勢が意味するもの。
経験のない私でもわかる。
聖夜さんと見つめ合って、どれくらい時間が経ったのか……。
聖夜さんの顔が私の顔にゆっくりと近付いてきて……。
私の唇に、聖夜さんの唇が重なった。
生まれて初めてのキス。
驚くと言うよりは、唇ってマシュマロのように柔らかいんだ。
ファーストキスなくせに、そんなことを思った私。
でも、今、私は好きな人とキスをしているんだという思いが頭の中を過った時、胸が痛いくらいドキドキしていた。
聖夜さんの唇が離れる。
まだ唇にマシュマロのような柔らかい感触が残っている。
「初めてだったの?」
少し笑顔を見せた聖夜さんがそう聞いてきた。
私は何も言わずにコクンと頷く。
「意外だね」
「えっ?」
「だって、雪乃は凄く可愛いのに。初めてだったなんて意外だよ」
聖夜さんにそんなことを言われて急に恥ずかしくなった。
可愛いというのはお世辞だとわかっているのに……。
「ねぇ、雪乃?」
「はい……」
「どうして逃げないの?どうして抵抗しないの?」
「えっ?」
私は聖夜さんの言葉に目を見開いて聖夜さんを見た。
どうして、そんなこと聞くんだろう……。
なぜ?
さっきのキスは私を試すためにやったの?
「僕は、この手で人を殺めた殺人犯でキミは拉致された被害者」
さっき見せていた笑顔は、今の聖夜さんの顔にはない。
切れ長の目で私を見下ろしている。
でもやっぱり、いつもと違って冷たい目ではなく、切なくて悲しい目をしている。
「ここで抵抗して叫べば、アパートの住人が助けに来てくれるかもしれないのに……」
「聖夜さん……」
「ねぇ、雪乃?喚き散らしてもいいんだよ?助けてって、大声で叫んでもいいんだよ?」
どうしてそんなこと言うの?
警察には絶対に捕まらない自信はどうしたの?
どうして、いきなり聖夜さんがそんなことを言ってきたのかわからない。
聖夜さんの心の中が読めなくて、私の頭の中はグチャグチャだった。
だけど、私の心の中は聖夜さんへの想いでいっぱいで、収まりきれない想いが溢れ出し……。
気付くと、私の目から涙がポロポロと流れ落ちていた。
聖夜さんの指が私の頬にそっと触れる。
「キミは、本当に泣き虫だね」
そう言った聖夜さんは、少し困ったような顔をしていた。
「ゴメン、なさい……」
「それに、謝ってばかりいる……」
「ゴメンなさい……」
「ほら、また……」
聖夜さんはそう言って、私の体をギュッと抱きしめてきた。
暖房の効いた部屋。
それにプラスされ、聖夜さんの体温が身体中を包み込み、私の体が少し汗ばんでいく。
その時、聖夜さんが私の耳たぶに唇を這わした。
その唇は耳たぶから首筋に移動していく。
体がビクンと揺れ、背中がゾクゾクする。
「雪乃?声出していいんだよ?助けを求めていいんだよ?」
もう一度、そう言った聖夜さん。
そう言ったあとに、再び私の首筋に唇を這わす。
そして、首筋から唇を離した聖夜さん。
「ねぇ、雪乃……」
確かめるように私の名前を呼ぶ。
私は首を左右に振り、聖夜さんの首に手を回した。
「雪乃……」
少し驚いたように声を出す聖夜さん。
「助けなんて、呼ばない……ねぇ、聖夜さん?私を……私を、抱いて?」
聖夜さんは、私の言葉に目を見開き驚いた顔をした。
「何で……」
「聖夜さん、お願い……」
今まで彼氏なんていたことなく、恋愛経験ゼロの私。
だから当然、男性経験もない。
セックスなんて未知の世界だ。
でも、聖夜さんに抱かれたいと思う気持ちに嘘はなかった。
「そんなこと、軽々しく口に出したらダメだよ」
私は首を左右に振った。
軽々しく口に出してなんかない。
聖夜さんが好き。
だから……。
「雪乃?僕も一応、男なんだよ。可愛い子からそんなこと言われたら本気にしちゃうよ?」
聖夜さんはそう言ってクスリと笑うと、再び私の唇に自分の唇を重ねてきた。
さっきのキスと違う。
初めて経験した大人のキス。
そして……。
その夜、私は初めて聖夜さんに抱かれた。
ガラス細工のように繊細なものを扱うように、優しく優しく……。
静かな部屋に交わる息遣い。
時折見せる、聖夜さんの苦しそうな顔。
それが、とても綺麗で切なくて、泣きそうになるくらい胸がキューと苦しくて……。
私は聖夜さんの背中に手を回して、聖夜さんの優しい体温を感じていた。