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小さなシングルベッドに聖夜さんと抱き合うように寝ていた。
聖夜さんから抱かれてる時も、今も好きだとか愛してるの言葉はない。
私も聖夜さんに自分の気持ちを打ち明けることはしなかった。
それでいいと思った。
「ねぇ、雪乃?起きてる?」
「うん……」
私は閉じていた目を開けた。
目の前に聖夜さんの顔があり、この人に抱かれたんだと思ったら急に恥ずかしくなった。
胸が煩いくらいドキドキしている。
「ゴメンね……」
聖夜さんはそう言って、私の髪にそっと優しく触れた。
「どうして、謝るんですか?」
「余裕なくて……優しく出来なかった……。それに雪乃の大切な初めてを奪ってしまった……」
「そんなことない!」
聖夜さんの言葉に私は首を左右に振った。
「私は嬉しかったです……」
それに抱いて欲しいと望んだのは私。
だから聖夜さんが謝ることなんてないのに……。
「雪乃……」
「聖夜さん、ありがとう……」
私は聖夜さんに笑顔を見せた。
ここに来て、多分、初めて見せる笑顔。
「雪乃の笑った顔、初めて見たかもしれない……」
聖夜さんにそう言われて、再び恥ずかしさが込み上げてくる。
恥ずかしさから、少し下を向いて聖夜さんから目を逸らした。
そんな私を聖夜さんはギュッと強く抱きしめてくる。
「いろいろあって疲れたね」
私はコクンと頷いた。
「寝ようか……」
顔を少し上げて聖夜さんを見ると、目を閉じていた。
私も目を閉じる。
私たちは深い眠りについた。
聖夜さんと私との間に犯罪者と被害者という壁なんてなくなっていた。
そんなこと忘れるくらい、今、私はとても心地よく穏やかな気持ちでいたんだ。
…………………………
……………………
………………
…………
ーーガタンッ。
何かが倒れる大きな音がして、閉じていた目をゆっくり開けていった。
どれくらい眠っていたのかわからない。
今が何時なのかもわからない。
ベッドで一緒に寝ていたはずの聖夜さんの姿はなかった。
聖夜さん?
また、どこかに出掛けて行ったの?
ーーガタンッ
再びキッチンの方から大きな音が聞こえてきた。
肩がビクンと揺れる。
誰かいるの?
聖夜さん?
それとも……。
背中がゾクリとして、暑くもないのに変な汗が出てくる。
私はベッドから静かに降りて、部屋のドアの前まで静かに行った。
「…………誰?」
部屋のドアの前で向こうに呼びかけるけど返事はない。
再び背中がゾクリとした。
泥棒?
警察を呼ぼうにも携帯を持ってない私。
もし呼べるとしても、私と聖夜さんの関係がバレてしまう。
だから警察は呼べない。
どうしよう……。
「…………誰?」
再びキッチンに向かって呼びかけた。
けど、返事はない。
ここは自分の目で確かめるしかない。
ゴクリと唾を飲み込む。
部屋のドアノブに手をかけ、ゆっくりと回す。
ーーガチャ
ドアを開こうとした時……。
「来るな!」
えっ?
聖夜、さん?
聖夜さんの叫び声に似た声が聞こえてきた。
「聖夜さん?」
「来たらダメ!」
「えっ?」
何で?
何で、そんなこと言うの?
何かあったの?
私に見られたら困ることが、ドアの向こうで起こってるの?
まさか、本当に泥棒が入って来て、鉢合わせした聖夜さんが……。
そんな想像をして体がガタガタ震えだす。
でも……。
このままここにいるわけにはいかない。
私は思いきってドアを開けた。
ダイニングには誰もいなくて、荒らされた形跡もない。
そこで私の口から安堵の溜息が漏れた。
泥棒が入って来たわけじゃなかったんだ。
…………でも。
じゃあ、何で聖夜さんは来るなと言ったの?
その時、ふと、キッチンに目をやった。
「…………ッ!」
声にならない声が私の口から漏れ、さっきまで安堵していたのに、それが一気に掻き消された。
キッチンにもたれかかるように座っている聖夜さん。
座っていると言うより、足を投げ出し、ダランと力無く座ってる感じだ。
それに……。
聖夜さんの着ていた白いTシャツが真っ赤に染まっている。
ケチャップがついたとか赤いペンキがついたとかじゃないことは一目でわかる。
…………血。
聖夜さんのTシャツを染めていたのは血だ。
やっぱり泥棒が入って来て、その泥棒に刺されてしまったのか……。
短時間の間に、いろんな思いが頭をグルグル回る。
「聖夜さん!」
私は聖夜さんの側にかけよった。
側に行ってからわかった。
Tシャツに付いている血は、刺されて出た血じゃないってことが。
聖夜さんの口の周りも血だらけだ。
吐血?
聖夜さんが血を吐いて、それで……。
「…………雪乃?」
聖夜さんが私の名前を呼ぶ。
でもその声に力がなく、今にも消えてしまいそうなくらい小さな声だった。
「聖夜さん!何があったの?」
私の問いかけに何も答えずに、ただ、力無く笑う聖夜さん。
何で何も答えてくれないの?
何で笑ってるの?
ねぇ、何で?
私の視界がだんだんとぼやけてきて、聖夜さんの顔が歪んで見えていく。
フローリングの床に、ポタポタと涙が落ちていく。
「雪乃、泣かないで……」
聖夜さんはそう言って、血で真っ赤に染まった指を私の頬に持ってきた。
「ゲホッ、ゲホッ!」
聖夜さんが咳をする。
その度に、口から真っ赤な血がダラダラと流れていく。
私は咄嗟にキッチンにかけてあったタオルを取り、聖夜さんの口元に持って行った。
「大丈夫、ですか?」
なんて聞いてみたけど、大丈夫なんかじゃないなんて一目でわかるくらい吐血してる。
そんな私の問いかけにも、力無く笑うだけの聖夜さん。
聖夜さんの今の状況が理解出来ない。
なぜ吐血してるのか……。
なぜ何も話してくれないのか……。
ただ、私に出来ることはタオルで止血することだけ。
タオルが真っ赤に染まっていく。
死んじゃう……。
聖夜さんが死んじゃう。
「聖夜さん、死なないで?」
お願い……。
「死なないで、か……。そんなこと、言われたのは初めて、だよ……」
そう言った聖夜さんは、私の頬を撫でながら笑った。
「…………あ、救急車」
救急車を呼ばなきゃ。
何で今まで気が付かなかったんだろう。
もう殺人犯とか被害者とか、バレるなんて言ってる場合じゃない。
でも……。
「それはダメだよ……。僕は、大丈夫だから……」
聖夜さんはそう言って首を左右に振った。
「ねぇ、雪乃?」
「ん?」
「キミを、解放、してあげる……」
「えっ?」
私は目を見開き聖夜さんを見た。
「もう、ゲームは終わりだよ。ゲームオーバーだ……。僕の負けだ」
そう言って聖夜さんはクスッと笑った。
「い、いや……」
「どうして?自由になれるんだよ?」
「いや……そんなの、いやだ……」
私は聖夜さんの腕を掴んで、縋るように泣きじゃくった。
いや……。
聖夜さんと離れたくない。
あれだけ欲しかった自由。
早く解放されたいと思っていたのに。
監禁されたままの状態でもいい。
殺人犯と被害者のままでもいい。
聖夜さんが私を好きじゃなくてもいい。
ずっと聖夜さんの側にいたい。
「雪乃、泣かないで?自由になれるんだから笑っていいんだよ?」
私は首を左右に振って泣いた。
離れたくないよ……。
聖夜さんと離れたくない。
何もかも失ってもいいから……。
だから……。
「雪乃、ワガママ言わないで?」
「いや……いや……」
私は聖夜さんの体に抱きついた。
「いやだ……離れたくない……」
「雪乃……」
聖夜さんは私の背中に手を回した。
「雪乃の綺麗な体が血だらけになっちゃうね」
そう言った聖夜さんは、私を抱きしめる腕に少しだけ力を入れた。
「ねぇ、聖夜さん?逃げよう?」
「えっ?」
「どこか遠くに逃げよう?」
そこで2人で暮らすの。
誰も私たちのことを知らないところで。
「それはダメだよ。そんなことしたら、雪乃も犯罪者になっちゃう」
聖夜さんはそう言って、私の体を離した。
犯罪者になってもいい。
聖夜さんと一緒にいられるなら……。
「雪乃、ゴメンね……」
聖夜さんは少し悲しそうな目で私を見ると、再び私の頬に触れた。
首を左右に振る私。
「雪乃?キミは警察に行って保護してもらうんだ」
「いや……いやだ……」
「1人では行かせないから大丈夫だよ。レイナに頼むからね」
「そんなことしたらレイナさんに……」
嘘がバレてしまう……。
「もうバレていいんだよ。レイナには僕から話をするから……」
聖夜さんはそう言って、側に落ちていたスマホを持った。
「今の時間だったら誰にも見つかることなく警察に行けるから安心して?」
聖夜さんはそう言って、スマホを操作してレイナさんに電話した。
「雪乃?隣に来て?」
電話を切ったあと、聖夜さんはそう言った。
私は聖夜さんの隣に座る。
隣に座った私の手を聖夜さんはギュッと握りしめた。
私も聖夜さんの手をギュッと握る。
「レイナ、すぐ来るって」
聖夜さんはそう言って、私の肩に頭を乗せてきた。
「うん……」
もう、いやだとは言えなかった。
私が、いやだと言っても聖夜さんは、私を解放するだろう……。
だったらそれに素直に従うしかない。
「今まで怖い思いさせてゴメンね……」
「ううん……。ねぇ、聖夜さん?」
「ん?」
「聖夜さんは、これからどうするの?」
「自首するよ……って、言いたいけど、でも、もう僕には歩ける気力も体力も残ってないんだ……」
聖夜さんはそう言ってクスリと笑った。
「レイナさんに救急車を呼んでもらって……」
「もい、いいんだよ。僕はこのままで……」
「ダメ!ちゃんと病院に行って治療して、そして、罪を償って下さい!」
「そうだね……」
さっきまで聖夜さんに逃げようって言ってたくせに、罪を償えなんて言って矛盾してるな私……。
でも聖夜さんに死んで欲しくない。
生きていて欲しい。
その時、アパートの外廊下を誰かが歩いてる音が聞こえた。
「レイナが来たみたいだね」
レイナさんが来たら、私と聖夜さんの関係も終わってしまう。
そう思うと、少し寂しくて……。
乾いていた涙が再びこぼれ落ちた。
玄関のチャイムが鳴った。
聖夜さんは玄関に向かって大きな声を出すことが、もう出来ない。
「あ、開いてます!」
だから聖夜さんの代わりに、私が玄関に向かってそう声を張り上げた。
玄関の開く音がして……。
「アキ?お願いって何よ!」
そう言ったレイナさんは、顔を私たちの方に向けた瞬間、私と同じように声にならない声を出した。
「ちょっ!アキ!?雪乃ちゃん!?どうしたの?何があったの!?」
慌ててブーツを脱ぎ、玄関を上がって側に駆け寄るレイナさん。
「アキ!ねぇ、アキ!」
レイナさんは聖夜さんの名前を叫び、腕を掴み、体を揺すった。
「レイナ、煩いよ」
聖夜さんはそう言って、クスリと笑う。
「こんな状況で黙ってられるわけないでしょ!アキ、何があったの?」
「アキさん、吐血したみたいで……」
私は聖夜さんの代わりにそう答えた。
「吐血!?どうして?何で吐血なんか……。体の具合が良くないの?」
レイナさんがそう聞いても、聖夜さんは私にしたように、ただ笑ってるだけで何も答えなかった。
「と、とりあえず、救急車……」
レイナさんはそう言って、カバンの中を漁りスマホを取り出した。
「ねぇ、レイナ?その前に僕の話を聞いて、くれないかな?」
「えっ?話って何?」
「これから、僕が話すことを聞いても雪乃を責めないでやって欲しいんだ……」
「えっ?どういうこと?アキの言ってる意味がわかんないよ」
「ねぇ、レイナ?雪乃がここにいる本当の理由はね……」
「本当の理由?何よ、それ……えっ?雪乃ちゃんは施設にいて……」
レイナさんは、訳わからないと言いたそうに不思議そうな顔をしていた。
そして……。
聖夜さんは、時々、苦しそうな表情を見せながからも、ゆっくりと包み隠さず全てを話しした。
全て話し終わった後、レイナさんは目を見開いたまま固まっていた。
見開いた目から大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちたていく。
それは2度も嘘をつかれていたことへの怒りの涙なのか、悲しみの涙なのか、表情だけでは読み取れない。
「レイナ?雪乃を責めないで……僕が全て悪いんだ……」
「何で……何で、最初から本当のことを言ってくれなかったの?」
「ゴメンね……」
「最初から本当のことを言ってくれてても私はアキに協力してたよ?」
「そうしたらレイナも犯罪者になってしまう」
「そんなこと気にしなくても……」
レイナさんはズルズルと鼻をすすりながらそう言った。
「レイナ、雪乃を警察に連れて行ってやって欲しいんだ」
「うん」
「その時に、レイナは何を聞かれても知らぬ存ぜぬを通すんだ」
「えっ?」
「絶対に余計なことをしゃべったらダメだよ。レイナは僕に頼まれて雪乃を警察に連れて来ただけ。後のことは何も知らない、いいね?」
「アキ……」
「雪乃を早く連れて行って……」
そう言った聖夜さんは私から手を離した。
「雪乃ちゃん?立てる?」
「はい……」
私はレイナさんの手を借りて立ち上がる。
私たちを見上げる聖夜さんは力無く笑っていた。
聖夜さん……聖夜さん……。
涙がポロポロと流れていく。
「雪乃、ゴメンね……それから、ありがとう……」
聖夜さんは私に優しい笑顔を見せてくれた。
私を連れ出す前に、レイナさんは救急車を呼んだ。
「アキ?救急車、呼んだからね」
「…………うん。僕は大丈夫だから早く行きなよ」
「うん……」
「あ、レイナ?ちょっといい?」
「ん?」
聖夜さんに呼ばれたレイナさんは、聖夜さんの側に行き、その場にしゃがみ込んだ。
聖夜さんはレイナさんに顔を近付けて、何か言ってる。
けど、何を言ったのか私には何も聞こえなかった。
「わかった」
レイナさんはそう言ってその場から立ち上がり、私の側に来た。
「雪乃ちゃん、行こう?」
「…………はい」
私は玄関で靴を履いた。
聖夜さんを見る。
目を閉じて、もう、こちらを見ようとしない。
レイナさんが私の手を出しギュッと握った。
レイナさんを見る。
ーー大丈夫。
そう言ってるかのように、私を見るレイナさん。
レイナさんが玄関を開けた。
ここから一歩踏み出したら……。
もう、聖夜さんとの関係は終わってしまう。
私は深呼吸をした。
そして……。
約半月振りに外に出た。
ーーバタン
玄関が閉まる音がして、私と聖夜さんの長いようで短かった秘密の時間は終わった……。
涙をポロポロと流す私の手をレイナさんは、更にギュッと強く握りしめてくれた。
聖夜さん……さようなら……。
聖夜さん……。
好きだったよ……。