テラーノベル
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帰りの車に乗った俺たちは後部座席で肩を並べる。
会話はほとんど無い。
車が走り出した直後に勇斗が小声でふいに言った。
「…手…繋いでいい?」
その言葉を聞いた俺は少し悩んで、コクンと頷いた。
ぎゅっと握られた手から勇斗の鼓動が微かに伝わる。
俺…もしかしてコイツの前だとめちゃくちゃ受け身なのでは…?
途中、確かめるように、勇斗の指が俺の手の甲をすっと撫でた。
ピクリと驚くがまたすぐにぎゅっと握られる。
ドキドキし過ぎて、心臓が破裂しそうだ。
…………
勇斗のマンションに着いた。
「お疲れ様でしたー」
「ありがとうございました」
「お疲れ様でした…」
繋いだままの手を引かれて車を降りた。
見られた…?
「大丈夫。普段から仲良いんだから、特別変には思わないよ」
「…そうかな」
「…じゃあ放す?」
フルフルと首を横に振った。
「……中入ろ」
俺の様子を見た勇斗がぐいっと手を引きながら足早にマンションに入っていく。
エレベーターを降りて勇斗の部屋の前に立つ。
…これからなにが起きるんだろう。
…返事を聞かれるのだろうか。
ガチャッ
「いくよ」
「…うん」
まるで大きな舞台にこれから出るような緊張感。
この部屋のドアはさながら舞台の幕のようだった。
…………
「ただいま」
「…ただいま」
「…元気ない?」
「…違うよ」
未だに握られた手が、この先の俺たちがどうなってしまうのかを予感させてくる。
「中、入ろっか」
「……」
靴を脱いだ俺たちは黙って部屋に入った。
手、洗わなきゃ…だから…手を離さないと。
勇斗が先になって部屋に入ると控えめに声をかけた。
「…手洗わなきゃ」
「あー、そっか」
そのまま洗面所に向かう。
そして大きな鏡の前に立たされた。
「……」
「……」
繋いだ手はなかなか放してくれない。
鏡に映る俺の顔は困ったようで。
反対に勇斗は少し真剣な顔。
冷静さを保とうとしてるような顔。
並んで映った俺と勇斗。
「…ねえ」
「…ん?」
「…なかなかいいと思うんだよね俺」
「…なにが?」
鏡越しに目が合う。
「俺ら、結構いいと思うんだけど」
「……」
まるでカメラの前に立っているような勇斗の前を見据える顔。
二人の間で繋いだ手が少しだけ見える。
「…手洗おっか」
「…うがいもしないと」
「そうだね」
ニコッと笑って勇斗が手を離した。
顔が熱い。
今までは普通だったのに、今は自分の一挙手一投足まで気になる。
どんな風に見られているか…勇斗に、俺はどんな風に写っているのか。
そればかりが気になった。
まるで恋の始まりのような拙さと気恥ずかしさと……高鳴る胸の鼓動。
この後なにが起きるのか、自分は勇斗を目の前にしてなんて言うのか。
既に戻れない気持ちが芽生えているのを自覚していた…。
…………
ソファに座るよう促されたが何となくしっくり来なくて、テーブルの前の地べたに座り込んだ。
それに合わせるように勇斗も隣に腰を下ろした。
「じゃあ…仁ちゃんに今日の気持ちを聞こうかな」
「今日の気持ち…?」
「うん、なんでそんなに元気ないの?」
「……」
「…どうして全然目合わせてくれないの?」
「…それは」
俯いた俺の顔を覗き込むように見る勇斗の顔が上手く見れない。
「俺がこわい?」
「…こわくない」
「じゃあ、なにが怖いの?」
「……」
「なんだかちょっと、怖がってるように見えるから」
そう言う勇斗の声が少し、沈んで聞こえた。
「…そうじゃないんだ」
絞り出した声が掠れる。
「ん?」
「……もし、怖いことがあるなら」
「…うん」
「…勇斗が…俺から離れていくのが怖い」
「……」
「期待…しなくなった勇斗が、俺のこと…諦めた勇斗が…怖い」
「…離れたりしないよ?」
「うん…でも、今と同じではいられないでしょ」
「…それは…まあ」
「…ごめん、自分勝手なこと言ってる」
「…そんなことないよ」
ずっと俯いている俺の頭を勇斗の大きな手が撫でる。
俺を優しく扱うその手に、胸の奥から切なさが込み上げた。
「あの、俺っ」
「…ん?」
思い切って顔を上げて勇斗を見た。
俺を見つめる優しい目。
遠くではない、俺だけが映ったその瞳に吸い込まれるように口にした…。
「俺…、も…勇斗が…すき、かも…しれない」
髪を撫でる手がピタッと止まる。
少し上から俺を見つめる勇斗の目がほんの少しだけ見開かれた。
「…それまじ?」
「ま……まじ、です」
「……無理してる?」
「…し、てない」
「じゃあ…友達でいられなくなるのが怖いから、とか?」
「…違う」
「……」
「違く…ない…けど、」
「…うん?」
「…わかんない…でも、ずっと…ドキドキしてて」
「……」
「勇斗の顔が…うまく、見れないんだ」
「……」
「昨夜も…考えちゃって…よく、眠れなかった」
後頭部に添えられた手が、少しだけ下がる。
首元に掛かった勇斗の手の感触が生々しかった…。
「…こんな、ドキドキするのは…変だから」
「…変だね」
「そう…だから…俺も、勇斗のこと…好き、なんだと思った…」
精一杯頑張って勇斗の顔から目を逸らさないでそう言った。
「…仁人は、俺とキスできる?」
「……」
「…普段一緒にいたり、話したり、じゃれ合ったりするだけじゃなく……俺とキスできるの?」
「……」
「俺の好きは、そういう好きだよ」
自然と目線が勇斗の唇に落とされる。
勇斗との、キス。
それは恋人同士がするもの。
手を繋いで、キスをして、きっともっとそれ以上のことも……。
「…で、きる」
「…本当に?」
「俺…考えたんだ」
「…うん」
「…俺の事好きだって言った勇斗にも…彼女とか、いたし…」
「……」
「…だから…キス、とか…そういうこともしてたのかなって…考えた」
「…彼女と?」
「…うん」
「…そりゃあ…したけど」
「嫌だった」
「え…?」
「俺じゃない誰かと…キスとか…してるの想像したら…めちゃくちゃ嫌だったんだ」
「……」
「それって…俺、お前のこと…好きって事だよね?」
「……」
さっきよりも驚いた目。
言ってて顔がどんどん熱くなってくる…。
「キス……できる…。じゃなくて…、したい」
「……」
「…お前と、キスがしたい」
言葉にするとやけに腑に落ちた。
想像しようとしても出来なかった。
違う…しないようにしてたんだ。
「……本当に?」
「…本当に」
「…じゃあするよ?」
「え…」
「…やっぱ嫌?」
「い、嫌じゃない」
姿勢を正す。
勇斗を見つめる。
勇斗のことは好きだ。
きっと、好きになったんだ。
だけど少し賭けのような気持ちもあった。
この唇と、キスをする。
それを受け入れることが出来たなら、きっと答えは出る。
「本当にするよ?」
「…いいよ」
髪に触れていた手が俺の顔に触れた。
頬に滑ってきた手が俺の顎に添えられる。
少しだけ上を向かされ…勇斗の顔が近付く…。
その目は俺の唇に落とされていて…俺はゆっくりと目を閉じた。
「……」
「……」
…なかなか唇に触れない。
そーっと目を開けると至近距離でピタリと静止した状態の勇斗の顔があった。
…緊張…してる?
「……ん」
またゆっくりと近付いて、ついに俺の唇とくっついた。
キス………本当にしてる………。
「……」
「……」
触れただけの唇がそっと離れた。
目を開ける。
俺の顎に添えられた勇斗の手が、少しだけ震えてた。
「…やべえ……俺…震えてる」
「……」
嬉しそうに、泣きそうな顔で勇斗が言った。
「…はやとっ」
その顔を見た途端俺の身体が動いて、勇斗に抱き着いていた。
首に腕を回す。
まだ少し震える身体をぎゅうっと抱き締めた。
「…はは、なんか、力抜けたかも」
「……」
勇斗は少し笑ってそう言った。
俺を抱きとめるみたいに、背中に腕が回される。
確かめるみたいに、ゆっくりと力が込められる。
「…勇斗が好きだ」
「……」
「ずっと……待たせてごめん」
「……」
「気が付かなくて…ごめんな」
「……俺も仁ちゃんが好き…。ずっとずっと好きだった」
「…勇斗」
勇斗の泣きそうに話す声に、胸がきゅうっと締め付けられてこちらまで泣きそうになったんだ。
そのまましばらく抱き合っていた。
恋が分からない俺と、ずっと恋を隠していた勇斗。
お互いに過去の恋愛が残ってる。
忘れていても、確かにその痕跡がある。
それがこんなに辛いことだと、今日まで知らなかった。
今の俺なら、もっと早くに勇斗の想いをすくい上げられたかもしれない。
もっと早くに……。
「…仁ちゃん」
「…なに?」
「まだ信じられないからさ…」
「…うん」
「もう1回キスしてもいい?」
「…いいよ」
少し身体を離すと、鼻先が触れそうな距離。
ほんの少し近付くだけでキスができる。
「……」
「…して?……ン、」
ふんわりと触れ合った唇。
自然と目を閉じてその感覚に酔いしれる。
柔らかなキス。
勇斗の顔がゆっくりと離れる気配を感じて、今度は俺から近付いた。
「…っ」
少し顔を斜めにして口付けた。
「…んぅ」
その時やっと勇斗の唇が開いて、俺の唇を食んだ。
「ん……、」
おずおずと舌先を絡ませるとすぐに絡め取られる。
ゆったりとした、少し大人なキス。
幼かった俺たちが知る由もないキスを、大人になった俺たちがこうしてしている。
勇斗を大事にしたい…。
目の前の勇斗を通して過去の勇斗も感じていた。
これからはきっと大事に出来る…。
寂しくさせたくない。一人きりの眠れない夜を過ごさせたくない。
俺が、ずっと一緒にいるから……。
「ぁ…ン、」
キスが深くなって、お互いを味わうようにもっともっと…と口付けた。
「……っ」
「…あ」
俺の腕を掴んだ勇斗がパッと身体を離した。
もちろん唇も離されて、名残惜しい声が漏れる。
「……仁人、あの、ありがとう」
「…え?」
「……もう十分過ぎるから、」
「……」
「…これ以上は、ちょっと持たないから」
下向き加減でそう言った勇斗の言葉の本心に気付いて胸が熱くなった。
「…ゆっくりでいいかな」
「え…?」
「…これからは、一緒だから。少しゆっくりでもいい?」
「…もちろんいいよ」
「うん…」
「……」
「…でも、キスはしたい」
「……」
「もっと、したい」
「…マジ、夢見てるみてぇ」
「…夢じゃない」
「…うん」
赤くなった勇斗が愛しかった。
「…じゃあ、手繋ご」
「…うん」
すっかり大人しくなってしまった勇斗を見て俺はまた少し切なくなった。
こんなに俺を求めてくれていた事。
気が付くことのなかった自分。
何年もの月日を勇斗は一人で抱えてきたんだ。
とても口惜しいが後悔しても時間は戻ってこない。
繋がれた手が温かくて、今までにない安心感をそこに見付けた。
「俺……歌詞、書けそう」
「え?」
「…あんなにお前に聞いたのに、自分が恋愛をして初めてわかることばっかりだったな」
「…俺に、恋愛してるの?」
「うん…してる」
「…すげぇ嬉しい」
「俺も嬉しいよ」
こんなに愛しく思うなんて知らなかったんだ。
勇斗の笑顔を、仕草を、髪や指、唇を。
恋するって、こういう事だったんだ。
「うーん……ここで書いちゃおうかなあ」
「まじ?見てもいいの?」
「…出来上がったらな?」
「そっか、あっギターは?」
「うん、今日は無くても大丈夫そう」
「おー…乗ってるね」
「うん。お前のおかげ」
「…あー、もう俺何回も天に召されてるわあ…」
「え?」
「仁人のせい」
「…うん?」
なんで天に召されんの?
少し笑って聞いていた。
「幸せ過ぎて、ヤバい」
「…そういうこと?」
「そういうこと」
「…俺はこれから切ない歌詞を書くんだけどなあ」
「えー、幸せな歌詞じゃダメなの?」
「うん、もう曲はほとんど出来てるからね」
「そっかあ…」
「まあ、待っててよ」
「次はラブソング書いてね」
「えっ」
「俺に向けたラブソング、聴きたい」
「…恥ずいだろ」
「じゃあ俺が作ろうかな」
「…まじ?」
「うん」
「じゃあ…出来たら見せ合う?」
「えっそんなすぐには出来ないよ」
「そっか…」
「うーん…でも二人で歌詞作るのもいいね」
「別々で?」
「そう」
「じゃあ…出来たら見せて」
勇斗が書くラブソング。
どんな歌詞なんだろう。
そこに俺が登場する…?
考えただけで少し恥ずかしい。
「ほらっ仁ちゃんは自分の曲完成させないと」
「あ、うん」
「俺なんか作るから作業してていいよ」
「…食えるもんでな?」
「当たり前じゃん、いつもは食紅とか入れてないからね?」
「…じゃあ任せた」
本当かな…ちょっと怪しい。
……よし。
歌詞の続きを書こう。
―――
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