アデルたちの追跡から半日後。 深灰の森から戻った王国警備局の本部には、
緊張と重苦しさがまだ満ちていた。
レアは捕まえた。
だが、そのレアをカシウスが再び奪い返した――。
その事実は、まるで誰かが静かに地面を揺らしているような
不安となって残っていた。
◆ ◆ ◆
【現実世界】
午後の住宅街。
晴れているのに、どこか空が二重に見える。
豪華客船の旅は波乱だったが
後半はサキも木崎さんも楽しそうで良かった。
しかしずっと頭の片隅には負傷したリオのこと、
揺らぐ境界のことがはなれなかった。
ハレルは旅行から帰宅途中、信号待ちの横断歩道で立ち止まった。
(……なんだ、今の)
電柱の影が、一瞬だけ
異世界で見た「結界塔」の影の形」に揺らいだ。
目をこすって見直すと、ただの電柱の影だ。
「……気のせいじゃないよな」
胸元のネックレスが、
“コン……コン……”と小さく脈打つように熱を持つ。
その時――
道端の側溝に、砂の粒が落ちているのに気づいた。
白くない。灰でもない。
“淡い青”――アメ=レアの砂に近い色。
指先で触れた瞬間、
世界が一秒だけ、二重にぶれる。
(……また境界が……)
ハレルは息を吸い込んだ。
すぐそばでサキが、耳を押さえて立ち止まる。
「……今、声がした」
「え?」
サキは眉を寄せる。
「なんか……セラちゃんみたいな……
“ハ……レ……ル……”って……」
ハレルは即座に周囲を見回した。
ノイズ混じりの微かな声――
確かに境界の向こう側から漏れてきている。
(サキにまで聞こえた……!?)
境界混濁は、もう“選ばれた者だけ”の現象ではない。
そこへ、木崎が慌てた様子で走ってきた。
「ハレル! 見ろこれ!」
彼はスマホの画面を突き出した。
写真の中央――
住宅街の道のど真ん中に、
異世界の塔の“影”だけが半透明に写っている。
当然、現実世界にはそんなもの存在しない。
「……これ、合成じゃねぇよ。絶対おかしい」
ハレルの喉が乾く。
(世界同士が……混ざり始めてる)
胸元のネックレスが、今度は
“ドクンッ” と強く脈打った。
◆ ◆ ◆
【異世界:ゼルドア要塞城】
廊下の石壁に、妙なノイズが走った。
リオは足を止め、眉をひそめる。
先ほどまで何もなかった壁に、
現実世界の「出口標識」が薄く投影されたように浮かぶ。
赤い走り書きの“EXIT”の文字。
現実世界のフォントそのまま。
触れようとすると霧のように揺れ、消える。
リオは小さく息を吐いた。
「……これも境界の揺らぎか」
後ろからアデルが歩いてくる。
深灰の森の戦闘で服はまだ泥だらけだった。
「ノノが言っていた“異常値”だ。
ここまで視覚化されるとはな」
「現実でも、ハレルに異変が起きてるはずだ」
アデルは頷く。
「その可能性は高い。
……だが、まだ確証がない」
そこへノノが小走りでやってきた。
胸元に大量のメモパッドを抱え、髪の三つ編みが揺れている。
「リオ、アデル! 来て!!
“観測地図(オブザベーションマップ)”の解析、
とんでもない結果が出たの!」
◆ ◆ ◆
【解析室】
中央の水晶板(クリスタルコンソール)に
複雑な地図が浮かび上がっていた。
ノノは興奮が抑えきれず、早口で説明する。
「レアのスマホから取り出した転移ログ、
それと境界地図を照合したらね、
“薄点(うすてん)”が自然増殖してるの!
普通あり得ないの! 外部から強烈な観測が混ざってる!」
リオが眉を寄せる。
「外部の観測……?」
ノノは震える指で地図の一点を示す。
「ここ。ここよ。
行方不明の5人の意識信号が、
全部この一点に集中してる……!」
アデルの表情が固くなった。
「……特異点か」
「多分ね……この座標が、
“次に世界が崩れる場所”
なんだと思う」
リオは拳を握る。
「ユナの意識も……そこに?」
ノノは小さく頷いた。
「……うん。完全な消失じゃない。
“保存状態のデータ体”として残ってる」
(助けられる……!)
リオの胸に希望が灯る。
その時――
水晶板が真っ赤に染まった。
ノノが悲鳴を上げる。
「ま、待って! 境界地図が自動更新……!
新しい薄点が……現実世界にも異世界にも
“同時に”発生してる――!!」
アデルが、低い声で言った。
「……本格的に、始まったか」
境界の揺らぎ。
世界の混線。
そして――意識の一点集中。
全てが、
“次に来る大事件”の前触れだった。
胸元の腕輪が光り、リオは空を見た。
(ハレル……聞こえるか……?
世界が……動き始めてる)
冷たい風が、ゼルドア要塞城を貫いた。
◆ ◆ ◆
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