「は? ……何だって、俺の耳がおかしくなったのか? 香津美、もう一回言ってくれないか」
寝室のベッドの上、私達は二人揃って正座をしている。
さあ、今から寝るぞ。という所で私から「大事な話をさせて欲しい」と聖壱さんにお願いしたのだ。
「はい。ですから今話した通り、聖壱さんの【夜のお相手】は他の女性に任せます!」
「は!? 俺たちは結婚したんだぞ? これからはお前が妻なんだから、諦めて抱かれろよ!」
やっぱり聖壱さんと私の中の契約の話にはズレがあったようで。
私は契約婚だし子作りについて書いて無かったからセックスは無いものだと思っていたのだけど、聖壱さんはそう思っていなかったらしい。
「私達、契約婚よね? 五年後には離婚するのに、子作りは必要ないでしょ?」
「何を言ってるんだ、契約とはいえ結婚したんだぞ? 俺には香津美を抱く権利がある!」
私達は二人とも自分の意見を全く譲ろうとせず、話し合いはどんどんヒートアップしていく。
「抱きたいだけなら他の女性でもいいでしょ? 私は貴方が浮気しても、これっぽっちも気にしないから!」
「少しくらい気にしろよ! だいたい新婚なのに、浮気なんてホイホイ出来る訳ないだろ!? 俺だって抱ければ誰でもいいわけじゃない」
誰でもいいわけじゃないの? だけれど、私なんて一度会っただけで決めた仮初の妻でしょう?
「とにかく、何を言われても私は聖壱さんの仕事面しかサポートする気はないわ。愛も無いセックスなんてお断りよ!」
「香津美……お前、さっきから態度が違いすぎないか? 今までは大人しく真面目な女だと思ってたのに」
ああ、ちょっとヒートアップして素が出てしまったみたい。でも一緒に生活してればどうせバレることだし? それが早いか遅いかの違いだけよ。
「そうね、私は真面目ちゃんでも何でもない性悪お嬢様なの。さあ、どうするの? 今からでも離婚する?」
「……いや、今の香津美の方が断然俺好みだ。余計にお前を抱きたくなってきた」
そう言った聖壱さんから二の腕を捕まえられて、広い胸に抱き寄せられた。力強さに何も抵抗出来ないまま彼に抱き締められて……
「ひ、ひやああああっ!」
「ぶはっ!」
口から出たのは変な悲鳴で、それを聞いた聖壱さんが思い切り吹き出したのが分かった。
「わ、笑うなんて失礼よ! 誰のせいであんな変な声が出たとおもって……!」
「何、その可愛い反応? もしかして香津美って、見た目と違って全然男に慣れてない?」
余計なお世話よ! 私だってお付き合いくらいしたかったけれど、今までずっと花嫁修業や資格の勉強ばかりさせられていてそれどころじゃなかったのよ。
「ヤバいな、俺本気になってきたかも?」
「本気って……?」
聖壱さんは私の耳元に顔を寄せて、今まで聞いたことも無い甘い声で囁いた。
「これから俺は香津美を本当の意味での妻にする、覚悟しとけよ?」
私は両手をブンブンと振って、聖壱さんが驚いて腕を離したすきにベッドの端へと移動する。いきなり女を抱きしめるなんて……この人はなんて手の早い男なのかしら!
「覚悟しとけよ?」と言われても、それは私がここに来るためにしてきた覚悟とは全く別のもので。私達はお互いに相手に本気にならないことが前提で、契約婚をしたのではなかったのだろうか?
「わ、私達は五年で離婚するんでしょう? それなのに契約相手の妻に本気になるなんて、貴方馬鹿なんじゃないの?」
勝手な好意を押し付けられたって、私は今のところ聖壱さんに特別な感情なんて持ってない。
それに私は今までこんな風に男性に好意を持たれることだって初めてなの。だから冷静な対応なんて出来る訳が無くて……
猫も被る事を忘れて、ついつい素のままで話してしまう。
「香津美は随分気が強いんだな、写真を見た時は綺麗だが、人形のみたいな女だと思ってたのに」
「お気に召さないのなら、離婚を早めましょうか? 聖壱さんは私みたいな変なお嬢様と結婚してきっと混乱してるんでしょうし?」
聖壱さんが私との距離を狭めてくるから、私は座ったままズリズリと後ろへと下がる。下がった分聖壱さんが私の方に詰めてきて、とうとう私の背中にヘッドボードか当たる。