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優斗もそれ以上話しかけることもなく、武さんとは少し離れて、応接セットを挟んだ逆側の机に移動する。
「あの人は大おじさんの息子で、うちの跡取り」
「性格に難あり?」
こそこそと耳打った質問に、にんまりとした笑みが返る。正解らしい。
そこに、ドタドタと大きな足音が響いた。
「優ちゃん、おかえり! 武、ご飯の前に煙草なんて吸わないでよ、クサいんだから!」
大声でやってきたのは、大おじさんによく似たおばさんだ。丸っこい体型で畳を踏みならし、持ってきた料理を豪快に机の上に並べていく。三科家では持ち寄ったメニューの中から、好きなものを取り分けていく食事スタイルらしい。ちょっとしたバイキングだ。
優斗のお母さんは、さらに炊飯器と給湯ポットを持ってやってきた。こういうものまで所狭しと並べられていく光景は、まるで学校の合宿だ。だけどここにも、賢人さんの姿はない。やっぱり別に暮らしてるらしい。
それにしても、親戚全員が一緒に暮らしているにしては、人数が少ない。
「陸?」
優斗が俺を覗き込む。変な顔でもしてたのかもしれない。
「あ、ごめん。……親戚全員にしては、なんか人数少ないなって」
「すごいな、そこに気がついたんだ!」
食事の準備が進められていくのを横目に、先に二人で着席させてもらう。座る場所は決められているらしい。
手近なヤカンでお茶を淹れてくれた優斗が、ええとと言葉を探した。
「親戚全員って言っても、男系って言うの? 男の家系だけが一緒に住んでるんだ。お嫁に行くと、帰省はしてくるけど一緒には住まない」
「そうなんだ。じゃあ最初に会った、大おばさんって人はずっとここに……?」
「あ、あの人は例外。一番最初に子どもができて、しかもそれが男だったから、結婚後もここに住んでるんだ。旦那さんとも死に別れたって」
「じゃあ離れのどれかが、大おばさんの家?」
「ううん。大おじ、大おば、俺のじいちゃんは母屋……ここに住んでる。大おばの息子さんは、うちと逆側にある離れに住んでるよ。──変な家だろ?」
眉毛をハの字にして笑う優斗に苦笑いしつつ、全面同意する。
男だ女だと、ここまで意識している家も今じゃめずらしい気がする。もちろん新しく家族ができても実家に住み続けるなんて特徴がある時点で、充分めずらしいんだけど。
話を聞いている内に、どうやら全員集まったらしい。大広間が騒々しくなっていた。
中央の応接セットには大おじさんと大おばさん、優斗のおじいさんらしい人。俺たちの机には優斗の両親と、痩せ型で無口そうな、ちょっと渋いおじさんが座った。
逆側の机は、大おじさん似ではあるけど体型の違うおばさん三人、それと文句を言い続けている武さんだ。
俺を合わせて十三人。だけど応接セットの一角、優斗の隣には空席があった。
ほかの席は空のお皿とお箸が並んでいるのに、そこだけはおかずや白米が盛られた皿が置かれていて、妙に目を惹きつける。
「なぁ、そこの席は誰が座るんだ?」
「ああ、ひいばあちゃんの席だよ。今は施設に入ってるから空けてあるんだ」
「施設に入ってるのに、昼メシ用意してあるの?」
「うん、健康祈願だって」
「へえ……」
聞いたことのない習慣だった。盛られた分は、あとで誰か食べるんだろうか。
やがて大おじさんが音を立ててお茶を啜ると、室内は自然と静まりかえった。
どうやら家の中で一番権力を持っているのはこの人らしい。俺も背筋を伸ばしてかしこまると、大おじさんはにこやかに、重々しく口を開いた。
「子どもたちはみな夏休みに入り、帰省する者もいれば、帰ってくる者もあった。今年も猛暑が予想されるが、座敷わらし様のご加護のもと、全員が健やかに過ごせることを願っている。優斗のお友だちの件も、みな事前に聞いているな。預かっている間はうちの子と同様に扱うつもりだから、仲良くするように」
皺の多い目元が俺を見て、その途端、弾かれたように背筋が伸びる。
「えの、えにゃ、稲本陸です! 二週間お邪魔します、よろしくお願いしまぁっだぁ!」
頭を下げたとき、テーブルに思いきり頭をぶつけて悲鳴をあげてしまった。自分の名前を噛んで恥ずかしかったけど、拍手で迎えられたことにホッとする。
笑われてるけど、可愛がられている感じだ。デコは痛いが、怪我の功名ってやつだろう。
「それではみな、手を合わせて」
大おじさんも少し笑ってたけど、咳払いしながら音頭を取る。
「いただきます」
大おじさんの号令に合わせ、合掌と合唱が重なった。直後、アレをとってくれ、これを回してくれと忙しなく言葉が行き来する。
「陸くん、遠慮なんてしなくていいぞ。うちはいつも余るくらい作るんだ」
「そうよ、たっくさん食べてね! 普段は女が多いから、男の子がいると嬉しいのよ!」
あっちこっちから声がかかり、遠慮なく取らせてもらう。当然どれもうちとは味つけが違ったけど、おいしく食べさせてもらった。
ここらで一度、現在同席してる優斗の家族を整理しておこう。
母屋には大おじさん、大おばさん、そして優斗のおじいちゃんが暮らしていて、この三人がこの家で強い権力を持ってるんだろう。
中でも一番偉いのが大おじさんだ。座敷わらしの祭壇に一番近い部屋で暮らしてる。
大おじさんの子どもが、態度の悪い武さん。ほかに大おじさんに似た三姉妹がいて、年齢順に並盛、特盛り、大盛りって感じの体格で区別できる。聞いたところ、この四人が玄関から正面に見える離れを使ってる。
次が、大おばさんの子ども。物静かだけど、妙に威圧感のあるインテリタイプのイケオジだ。この人が暮らしてるのは、玄関から向かった右の離れ。
そして俺が滞在させてもらう、玄関から見て左側にあるそこには、優斗と優斗の両親が暮らしてる。
男系家族だけが一纏まりに暮らしているのはやっぱり、異様な感じがした。これもなにか座敷わらしの信仰に関連してるんだろうか。すぐには理解できないザワつく感じに、きっと好奇心が疼いたんだろう。
これを書きながら、背中がぞわりとした。