TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する

夕方の空が、校舎の壁を薄く染めていた。

人気のない踊り場。

日下部は無言でそこに立ち、扉のガラス越しに蓮司の姿を見た瞬間、わずかに眉をひそめた。



「わざわざ……何の話だよ」



蓮司は、笑っていた。

軽く片手を上げ、歩み寄る。

その動作にまったくの悪意も焦りもないのが、逆に日下部の警戒を強めた。



「おまえ、最近……遥とよく話すなって思ってさ」



「……それが?」



「いや、別に何でもない。ただの感想。観察記録みたいなもんだよ」


蓮司の言葉は、いつもどこか不自然に丁寧で、音に棘がない分、余計に気味が悪い。


「俺、わりと見てんだよ。誰が誰と喋ってるか、とか」


「……気持ち悪いな」


「言うと思った。ありがと」



日下部は苛立ちを隠さず睨む。

けれど蓮司はまったく動じない。

軽く壁に背を預けたまま、ふっと視線を逸らし、続けた。



「……遥って、触れられると崩れるくせに、触れられたがるよな」



「……は?」



「知らなかった? あいつ、誰かが手を伸ばすと、いっつもびくってして、でも……拒まない。あれ、ずっとそうだよ」


蓮司の目は笑っていない。


「おまえが優しくするたびに、あいつは“壊れてく”って分かってるのに、止めないんだ。──まあ、自覚あるかは知らないけど」



「……何が言いたいんだよ」



「簡単な話だよ。おまえが“正しい”と思ってることは、遥にとっては“罰”かもしれないってこと」



日下部が黙る。


蓮司はその間もずっと視線を外さない。

飄々とした口ぶりで、まるで気圧を測るように言葉を垂らし続ける。



「“助けたい”と思ってるだろ、おまえ」



「……」



「その時点で、もうズレてんだよ。あいつは、救われたいなんて思ってない」



日下部の喉がかすかに鳴った。



「むしろ、“罰を受ける理由”を探してる。

誰かがそばにいることすら、罪悪感にして、自分の首を締める。

優しくすればするほど、あいつは……“それに値する理由”をでっち上げて、自分を壊してくよ」



蓮司の声は穏やかだった。

冷たい事実を、ただ淡々と並べていく医者のように。



「おまえが“信じてる”遥なんて、もうどこにもいない。

見てるのは、残像だよ。

あいつの“壊れてない部分”を信じたがってるだけ」



「……っ」



「それでも傍にいるってんなら──止めないけど。

おまえが壊れるのも、ちょっと楽しみだし」



蓮司は小さく笑った。

ただ、目だけはずっと真っ直ぐ、冷たく日下部を見ていた。



「……俺は」


日下部が低く呟いた。


「壊れてもいいなんて、思ってねえよ」


「へえ?」


「壊させない。絶対に、あいつを“おまえみたいなやつ”には、壊させない」



その一言に、蓮司は少しだけ目を細めた。

静かに、愉快そうに口角を上げて呟いた。



「いいじゃん、その顔」


「……」


「遥が、一番嫌がるやつだ」



日下部は何も言わずに背を向けた。

手が、かすかに震えていた。


蓮司はそれを見送りながら、また一つ、仕掛けを打ち終えたという満足気な表情を浮かべた。



(さあ──どこまで保てるかな)



この作品はいかがでしたか?

43

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚