テラーノベル
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(……何なんだ、あいつ)
拳を握ったまま、階段を下りていく。
蓮司の言葉が、まだ耳に残っていた。
いつもみたいに受け流せなかった。
冷たいだけじゃない、あの声音。まるで、すべてを見透かしたような、あの目──。
(“遥が一番嫌がるやつ”……?)
わかってる。
俺は、間違ってるのかもしれない。
遥の苦しみのすべてを知ってるわけじゃないし、
踏み込むことであいつが壊れるかもしれないって、そんな予感もある。
でも。
──俺は、あいつを「壊れた」なんて思ってない。
蓮司が言ったみたいに、誰かの残像を見てるわけじゃない。
ただ、いま目の前にいる遥の、その「揺れ」や「痛み」や、
どうしようもない強がりも、
ひねくれてるところも、
全部……ちゃんと、俺の中で「遥」として、確かに感じている。
(それでも、もし──)
「……俺が、全部間違ってるとしても」
そのときは、自分で責任を取ればいい。
あいつを泣かせたのなら、抱きしめるしかない。
傷つけたのなら、謝り倒して、それでも離れない。
……そう、決めていた。
だから、俺は行く。
怖がっても、嫌われても、
それでも近づくって、そう決めたんだ。
──昇降口。
小さな背が、壁際にうずくまるように座っていた。
見慣れた制服。額に貼りついた髪。
その肩が、かすかに震えているのが見える。
(……泣いてる)
やっぱり──蓮司が何かした。
俺は、かすかに震えそうになる手をポケットに押し込み、
一度深呼吸をしてから、歩み寄った。
「遥」
声をかけた瞬間、遥の肩が、びくりと跳ねた。
でも、顔は上げない。
あの時と同じ。
──蓮司にやられたあの夜と、似た空気が漂っていた。
けれど、今回は俺がいる。
「なあ……何があった?」
返事はない。
それでも、俺はしゃがみこんで、その隣に視線を落とした。
「言わなくていい。でも、俺はおまえのこと、見てたい。知りたいんだよ」
遥の目が、かすかに揺れた。
言葉にできない想いが、そこに溢れていた。
(蓮司は言ってた。優しさすら、罰だって──)
なら、それでも、俺はその“罰”を選ぶ。
何度だって、自分の意志で選ぶ。
「……今すぐ信じろなんて言わない。でも、俺はおまえから、目を逸らさない」
ゆっくりと、その言葉だけを置くようにして告げた。
遥の唇が、微かに震えた気がした。
──そこにはもう、突き放す言葉も、強がりの嘘もなかった。
ただ、もう一歩が、怖いだけ。
俺は、手を伸ばしかけて……やめた。
触れたい。けど、今じゃない。
その手が震えているうちは、無理に触れない。
「帰ろう。今日は、俺がついてる」
そう呟いたとき──遥の肩が、かすかに傾いた。
そのわずかな「寄りかかり」が、すべてだった。
(……俺は、離さない。何があっても)
そう心に刻みながら、俺はその肩に、そっと体温を重ねた。
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