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ここは田舎町に存在する探偵事務所。周りには建物が少ししかなく、ちょっと車で走れば田んぼが広がっている。そこで経営する長の名は岡部直人。他に経営者はいない。
探偵といえば事件の真相をつけ止めたりするのが仕事と思われるが、そういうのは稀。不倫している相手を調べたり、猫や犬の飼い主を調べて突き止めることが主な仕事。そのためいつも暇で、仕事がない時は軽いバイトをしている。
親が金持ちだったし、元刑事だった男である。彼は警察関係のいざこざで警部を引退。現在は探偵をしているが、本当に暇である。あの警察時代が懐かしくて、涙が出そうになる。が、グッと気持ちを抑え込んだ。
一階のレストランで、食事でもしようかと立ち上がった。その時だ。チリンチリンとドアの鈴が鳴り響き、女の子が入ってくる。黒い髪を一つ纏めたポニーテール。優しそうな顔つきをしている、高校生の制服を着ている少女だ。この辺りの高校といえば、青野原高校だろうか。
「あの、探偵さん!」
「何か用事ですか?猫や犬はもちろん、なんでも探しますよ」
「その……人を探して欲しくて」
「人?大切な人とか家族ですか?」
「いえ、そうではなくて」
彼女は一瞬戸惑いの表情を浮かべた。しかし何事もなかったように、目の前の客用ソファに座り、カバンから一つの道具を取り出した。透明なガラスの周りに金色の装飾と青い宝石がついており、中には二つ連なった青色の宝石が入っている。
「これクロノグラスという砂時計なんです。中の宝石に砂が入っていて、それがどっちにあるかで決まるんです」
そう言われてソファに近づき机に置いてあるものを手に取って砂を落としてみる。すると、頭の中に変な光景が見えてしまう。
一人の男の人がこちらへやってきた。視線の相手と会話しているようだ。場所ははっきりとしないのでわからないが、どこかの部屋の一部だと思われる。
「よお、元気にしていたか?」
「えぇ、最近娘が色々なことができるようになって微笑ましいわ」
「へぇ、そうなのか。そりゃあよかった」
「それはそうと、約束の時間より少し遅かったわね」
「そうかな?」
「えぇ、もしかして道草していたんじゃない?誰かと会っていたとか」
「ないない。そんなことしてないよ。俺たち別居してから、半年経つじゃないか。別に俺が何をしたって関係ないだろ?」
「ふん、そう。まあ、いいわ。血生臭いのは気にした方がいいんじゃない?」
そんな会話からどうやら夫婦での会話であることがわかる。別居している理由はよくわからないが、それだけは確か。それに血生臭いってどういうことだろうか?
次のシーンでは街並みが見えてくる。たくさんの家がある道路を歩いていたところ。怪しい格好した男が現れて、この砂時計が盗まれたようだ。盗まれてからの記憶はなく、そこからみることが難しかった。
高校生の少女は、俯きながらポツリポツリと丁寧に話していく。
「この夫婦二人に砂時計を返したいんです。私の全く知らない人で、多分持ち主なんだと思います」
「だからこの夫婦二人を探してほしいということですね。承知しました。発見できるかは分かりません。しかし、全力で記憶を辿って導いていきましょう」
「ありがとうございます。私の全く知らない人で、困っていたんです。探偵さん、よろしくお願いします」
「ところでお名前を聞いても」
「相澤美優です」
全て質問終える前に名前を早口で唱える。名前をメモ帳に書き込み、重要だと思うことを書き込んでいく。道具に残された記憶を頼りにして、人を探すのは初めてだ。
美優が立ち上がって探偵事務所から出ていくと、もう一度クロノグラスの砂を落として記憶を眺める。特に周りの情景を目視しながら、どの場所なのかわかる情報をメモ帳に書き込んでいく。
住宅地の付近に県内にしかないスーパーがあるのを確認。遠いので、何回も見なければ分からない。
何度も見直してみたら、三つ候補を上げることができた。一つはこの田舎町の近くにある他の町、葛が谷町。他二つは電車で行けばたどり着く距離にある。早速近くから調査を開始する。まずは書き込み調査からだ。
スーパーの近くにある住居に住む一人一人に夫婦の特徴を述べる。特徴といっても白くて花柄の服を着ていることと、右手に火傷の痕があるくらい。色々な人に聞いてみたが、見当たらず。
電車を使って二つ目の候補の町に行って心当たりのある場所を探していたら、突然誰かとぶつかってしまった。
「大丈夫ですか?」
尻もちをついている女性に手を伸ばせば、手に火傷の痕がついている。クロノグラスに少しだけ映っていた女性だ。
彼女はなんの戸惑いもなく手を伸ばし、起き上がった。
「これ、あなたのものですか?」
切羽詰まった表情でクロノグラスを取り出し尋ねてみると、彼女は目を丸くして驚愕。しばし沈黙が続いたが、彼女はゆっくりと丁寧に話をしてくる。
「いえ、私のものではありません」
「しかしあなたの姿が記憶として映ってましたよ?」
「恐らく私のカバンをひったくられたシーンを見たのね。あの子が助けてくれたの。今現在、ありますよ。よかった」
ほっとした顔をした。もしそれが本当だとしたら、ひったくり描写を見ていたのは誰だろうか?
疑問に思って尋ねてみたら、こんな答えが返ってくる。
「私、よくみてないんですけどね。高校の制服を着ていたわ。髪をまとめていて、優しげな顔の子よ」
その特徴に見覚えがあった。相園美優だ。しかし彼女は依頼人で、人を探して欲しいとお願いしていた。それが自分だったなどあるはずがない。もしかしたらハメられたのかもしれない。
車に乗って事務所に戻ろうとしたら、女の子が一人助手席に乗っていた。依頼人の美優だ。
「いつのまにいたんだ?」
びっくりし過ぎて丁寧語を使うのを忘れてしまう。首を振って、改めて彼女に問いただす。
「この持ち主、あなたですよね?どうして探してほしいなんて依頼したのですか?」
「探偵さんはどれくらい頭がキレるのか試してみたかったんです。でも探偵さんはそんなに頭が良くないんですね」
「どういうことだ?」
「私、過去を改ざんしたんです。持ち主ですから。だから取った相手も黒いフードを被った男に変換しました。本当は違うんですよ。あれ、私の父です。父は何の防備もせず、カバンを盗んだんです。父のことを愛していたので隠しました。そして私は父のその姿を目の当たりして、体当たり。止めに入ったんです。父は捕まってお金がなくなり、私はそのクロノグラスを売ろうと考えました。でもどうせ売るなら、記憶を改ざんしてから探偵さんに本当の答えを出して欲しかったんです。でも無理だったようですね。残念です」
「本当の答えとはいったいなんだい?」
「最初に映し出された二人の男女は私の父と母です。別居していて、両方ともお金を持っていました。ところが父はたくさんの人を殺してお金にし、だから約束を遅らせるなんて当たり前。母はあまりの血生臭さに別れようと問いただしたが、父は分からないの一点張り。それをみていた私はわざと妻視線に変更したんです。母だったらこう見えるだろうなって想像して」
そういうことだったのか。別居していた理由は父の金の稼ぎ方があまりにも非人道的だったからか。それでシラを切った彼女の母は違う家に住み、美優の面倒を見ていたのか。
「探偵さん、本当にごめんなさい。過去を改ざんするのは良くないって、今回のことでよくわかったの。だから、クロノグラスあげます」
「えっ?私に!?」
突然のことで驚愕し、魔法道具を眺めた。どうやら彼女にはもう必要ないらしい。探偵の仕事に使えないだろうが、一応もらっておこう。
「自作自演してしまい、ごめんなさい。もうしません」
「大丈夫ですよ。反省しているんですから。何なら私と一緒に働きませんか。高校卒業してからですけど」
「ありがとうございます。探偵さんは優しいんですね」
「探偵さんじゃないですよ。直人と呼んでください」
彼はにこりと微笑み、美優に誘いを入れた。彼女は頷いて、満面な笑みを浮かべる。
その後、クロノグラスは探偵事務所の棚に飾られていた。探偵の仕事をしている直人には必要ないものだからだ。過去を見つめるより現在と未来を見ている彼なら尚更。
二人は探偵業に励みながらも、パートやバイトをして暮らしているという。