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父上が戻ってからキャスリンは食堂に現れなくなった。自室にも戻っていない。父上が離さないんだ。エドガー・ハインスのことはソーマに話して終わった。父上に直接伝えることもできなかった。お祖父様には何を言われたんだ、解決したのか、キャスリンは元気なのか。一切を遮断されてる。


「カイラン様、キャスリン様は花園にいます」


トニーの言葉に立ち上がり花園が見える部屋へ移動する。見渡す範囲に庭師もいない。父上が日傘をさし二人で手を繋いで歩いている。父上はここまで変わるのか。ゾルダーク領で何があったんだ。


「トニーは聞いたか?」


二人を見ながら聞いてみる。


「旦那様が大旦那様の思惑を阻止したようです」


お祖父様の思惑…キャスリンの替わりを見繕うことか。どうやって止めたんだ、何を言った?


「父上は僕と会うだろうか」


「お会いして何を聞くのですか?」


聞きたいことなら沢山ある。僕は何も知らないからな。


「旦那様はハインスを許しません、何か起きるでしょう。それまでお待ちください」


そうだな、僕にはハインスをどうにかすることなんてできないが父上ならできるんだろう。


「終わったら会いたいと伝えてくれ」


何を言われようと一度二人で話したい。





ライアンが部屋を出た後、死産薬は執務机の二重底に隠した。寝室へ入るとキャスリンは寝台で横になり眠っている。メイドを下がらせ、起こさぬように隣に寝そべる。髪を摘みいつものように指に巻き付け遊ぶ。

明日、アーロンの決断でハインスがどうなるか決まる。お前の未来に憂いはいらん。俺が消しておく。今日もここからは出さんが、お前は嫌がらないだろうな。俺が抑えられるまで、慣れるまでもう少し耐えてくれ。そうしたら自室へ戻っていい。




ライアン様の往診の後、結局眠ってしまった。昨日と同じようにハンクの寝室で夕食を食べた。明日からは仕事に戻る、寝室から執務室に場所が変わるだけで、私はハンクの側にいる。

寝室は月明かりだけ、私達は寝台に横になり後ろからハンクが私を抱き締める。


「明日の夜にアーロンと会う」


「あちらに行きますの?」


「高級娼館で会う」


貴族の男性がでかける場所で高級娼館は不自然ではないわね。


「危なくない?」


「ああ、騎士がすでに入ってる」


それは準備万端ね。距離をとっていたら平気よね。


「無事に戻って」


巻き付く腕を撫でながらお願いする。


「夕食はここでとれ」


「ハンクを待ちたいの、駄目?」


「いつ終わるかわからんぞ」


それでも待ちたい、落ち着いて食べられないわ。


「待つわ」


「待ってろ」


振り向き口を合わせる。寝ろとハンクが囁く。

ハインスをどうするのかしら、王妃の生家よ、危険がないといい。





日暮れにハンクは全身を黒で包み邸を出た。キャスリンを自室には戻さず、自身の寝室で待たせ、ハロルドを執務室に赤毛の騎士を廊下に置き、何者も入れないよう命じた。


「お前は馬車で待て」


場所を指定してからハインスに報せが届くまでにゾルダークの騎士数名を娼館に忍ばせている。何かしてくるとは思わんが念のためだ。無事に戻らないと怒るだろう。すでに貴族家の馬車が何台も停まっている。ハインスの馬車も着いているな。


ハンクは開いた扉から娼館の中に入る。上階に上がり奥へと進む。ここまで誰にも会わないよう手配は済んでいる。指定の部屋の扉を叩かず開けるとアーロン・ハインスが一人でソファに座りハンクを待っていた。ハンクは黙したまま対面のソファに座る。


随分顔色が悪い。俺が提案を呑まない理由を考えて眠れなかったろうな。


「アーロン、俺は全てを知っていると思っていい」





アーロン・ハインスは震えている。いくら妹が王妃だからといっても越えてはならない一線があった。それを娘達が無謀にも越えてゾルダークの後継を害そうとは。嫁ぎたいと乞われたがそこまで愚かとは思わなかった。計画が失敗して娘が毒を受けたのに、陛下とハンクは全てを知っているなんて、最悪の事態だ。


「謝罪はいらん。俺は許さん」


ハンクがここまで強気なのは何の毒か知っているからだとアーロンは悟った。


「陛下の言う通りにすると伝えたが足りないか?」


この場で収めなければ王家から叱責を受ける、ジュリアンが廃妃になったらどれだけ私を恨むか。


「俺の望みを言う」


私の死か、娘を平民に落とすでは足りないのか。


「お前が上の娘に死産薬を与えろ。それができるなら辺境の男爵辺りに嫁がせてもかまわん」


平民に落とさなくてもいいのか?薬は仕方がない、自業自得だ。ジャニスだけが受けるのは間違っている、ウィルマに協力して毒を受けたんだ。それでいいのか?俯いていた顔を上げハンクを見たが恐ろしい顔で睨んでいる。まだ何かあると思うには十分だった。


「エドガーは殺せ」


それはできん!ハインスが終わってしまう。


「エドガーは関係ない!私の責任だ。爵位を譲り領に籠る。王都には近づかない」


「お前の阿呆の娘達も、暗器などを持たせるお前も許せんがな、毒を手配したのはエドガーだ」


なんだと…あいつは、あいつは…妹達の心配をして倶楽部に探りに…己の心配か…


「商人はゾルダークが捕まえたか」


「ああ、国境で探している部下は戻らせろ。商人から持ち込んではない、エドガーが依頼してる」


エドガー…なんてことだ。ハインスは終わったよ。


「アーロン、ルーカスを引き取れ」


アーロンはそこで思いいたる。

ルーカス、陛下は喜ぶな。話はついているのか…


「断ったら?」


「エドガーを許せるのか、そんなに息子が可愛いか」


「言ってみただけだ。殺さないと駄目か?」


廃嫡などでは甘いか。


「俺は今一番優しい選択肢を与えた。その商人からエドガーにも効く媚薬を得たからな、母親と妹をエドガーと共に部屋に閉じ込めようとしたんだが、ドイルに止められた」


鬼畜な考えだ、陛下も怖じ気付くな。それだけハンクを怒らせたか。


「嫌だろ?」


「殺すよ」


「毒はあるか?」


アーロンは頷く。毒でも事故でもどちらでも殺せる。


「直ぐに動けよ、学園は終いだ」


ああ、娘らも終わったな、底辺の貴族に嫁いで石女か。なんという代償だ。


「ドイルから話がいくまでに終わらせろ」


ハンクはもう終わりだと立ち上がる。


「ハンク」


項垂れるアーロンをハンクは見下ろす。


「悪かったな」


「ルーカスを導けよ」


アーロンは動かず、机に置かれた指輪型の暗器を見つめてハンクが部屋から出るのを待った。

娘に毒を与え息子を殺すとは、子供らの思惑に気づけなかった己を悔やむ。涙が止まるまでアーロンは時間を要した。


ハンクは部屋を出て廊下に待機していた騎士に合図を送り娼館を出る。ゾルダークの馬車に乗り込み、邸に戻るよう命じる。


「お早いですね」


「ああ、アーロンは覚悟してたんだろ」


エドガーのことには驚いていたが、父親を騙していたんだ許せんだろうよ。多少脚色はしたが俺が悪くなるだけだ。


「見張りは続けろ、逃げ出したらそこで始末していい」


ないと思うが念のためだ。


「名前は考えたか」


「いくつか」


早いな、名前などつけたら生まれてから愛着が湧くだろう。俺の代わりに可愛がればいい。


「乳母は?」


「ゾルダークの騎士の妻にキャスリン様より早く出産する者がいます、代々ゾルダークに仕えている騎士です。下位貴族の夫人も候補におりますが、不安はあります」


貴族の女は奴を見て欲が出るだろうな。ゾルダークの騎士の妻なら俺のことを話せば理解する。

あれは自分の乳をやるつもりだろうな。だが、一人ではな、二人欲しい。


「二人連れてこい、ゾルダークの者にしろ。使用人でもかまわん」


信用できる者でなければならん。


馬車は邸に戻りハンクは真っ直ぐ自室へ向かう。扉の前には赤毛の騎士とトニーが立っている。


「おかえりなさいませ旦那様」


「なんだ」


「カイラン様が旦那様と話したいと」


「戻れ」


自ら扉を開け執務室に入るとハロルドが頭を下げる。


「おかえりなさいませ旦那様」


「あれは?」


「お部屋から出ておりません」


コートも脱がず寝室へ入る。燭台の近くで書物を読んでいた空色が俺を見つける。


「おかえりなさい」


ソファから立ち上がり、足早に近づいてくる。

俺は跪き膨らんだ腹に抱きつく。


「ああ」


小さな手が俺の頭や肩を撫で触れている。


「早かったわ」


「ああ、何をしてた」


「ゾルダークの歴史の書物よ」


俺はいつまでお前を閉じ込めれば満足するんだろうな。






貴方の想いなど知りません

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