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「小さい頃は、まだみんな私に聖なる力があるんじゃ……、と期待していたっけ」
自室の窓台に座った私は、庭園を歩く貴族たちを見ながら侍女のジョゼに話しかける。
ちなみに私は現在ジョゼとチェスをしている真っ最中だ。
侍女と遊ぶなんて……、と普通の貴族なら顔をしかめるかもしれないけれど、私とジョゼは身分を超えた友情を築いている。
というより、周囲から腫れ物扱いされている私の面倒を見てくれるのは、ジョゼしかいない。
「陛下たちはご家族ですから、諦め切れなかったのでしょうね。いつか姫様の額に第三の目が開いて、背中から翼が生え、全身から聖なる力が吹き出る事を祈ってやまなかったのでしょう」
ジョゼは『チェスの手ほどき』の本を読みながら、コンとポーンを進める。
「やめてよ、どこの化け物よそれ」
私はクスクス笑いながら、透明な手――インビジブルハンド(と命名した)で駒を動かす。
ジョゼは二十七歳で、いつもきちんと纏めている髪は艶のある茶色で、榛色の目をしている。
本人は結婚するつもりはないみたいだけれど、どうやら騎士団の飛竜隊にいる男性から猛烈なアプローチを受けているらしい。
城で働き始めた時は洗濯場担当で、そのあと時間が経つにつれて持ち場を変えていったらしい。
正直者でよく働くと周囲から認められた頃、私の前任の侍女が産気づいて辞めてしまい、彼女に白羽の矢が立った。
本当なら第二王女の身の回りの世話をする侍女なら、もう少し慎重に選ぶべきだったかもしれない。
それこそ、貴族の女性が女官としてつくべきなのだろう。
けれどこの城において大切にすべき〝姫〟は聖女レティシアだけだ。
加えて私はとある事から周囲の人たちから不気味がられ、敬遠されている。
だから聖王である父の命令で貴族の女性を女官に……と言っても、みんな『わたくし如きには務まりません』と言い訳をし、嫌な役目から逃げていったのだ。
一時は女官がいた時期もあったけれど、みんな短期間で辞めてしまった。
なら、使用人扱いの侍女なら強制的に言う事を聞かせられるのでは……と、良さそうな人を探す流れになり、ジョゼに決まったのだ。
聞く話では『ああ、ハズレ姫のほう? ジョゼならよく働くからこの子でいいんじゃない?』という感じだったらしい。
私の扱いはそれぐらい軽い。
けれどジョゼにお世話をしてもらうようになったあと、彼女と馬が合い、結果的にとても満足している。
「姫様はどんな扱いを受けても怒らず受け流されていて、とても大人だと思います」
彼女に褒められ、私は苦笑いする。
「ジョゼが知らない頃は、私だって怒ったりふてくされたりしていたわ。みんな口を開けば『レティシア様、聖女様』だもの。シャルルもとても優秀だし、将来いい聖王になるわ。……でも私には何も素質がない。物心ついた時から何度も、『癒してみなさい』って、わざと傷つけた小動物を目の前に連れてこられたわ。どれだけ祈っても聖なる力は発動せず、目の前で動物が痛そうにキューキュー鳴いているのを見るのがとてもつらかった」
私は当時の事を思いだし、目を眇める。
「『治せません、ごめんなさい。誰かこの子を治してあげてください』って私がべそをかいているのを、大人たちは厳しい表情でジッと見ているの。地獄だったわ。……見かねたレティが、『可哀想だわ』と言ってあっという間に癒すの。みんな私に失望したあとだから、聖女の活躍を見て大喜びしたわね」
私は切ない笑みを浮かべ、溜め息をつく。
「子供心に傷付かれたのではないですか? 失礼ながら力の有無を図るためとはいえ、褒められたやり方とは言えません。……それに聖女殿下も、悪気はなかったのでしょうけれど、『私ならできる』とお思いだったのでしょうね。その行為が姫様を傷つけるとは思いもせず……」
ジョゼは私の心をすべて汲み取ってくれる。
そんな彼女に感謝して、私は苦く笑った。
彼女の言う通りだ。
当時の私は才能のなさに絶望し、自分が不出来なせいで動物が苦しんでいると思っていた。
私はみんなに見守られる中、『えいっ、えいっ』と一生懸命声を上げて癒そうとした。
なのにまったく何も起こらず、心が張り裂けんばかりに絶望しても、神様は私に微笑んでくれない。
物心ついた時から十二歳ぐらいまで、父王は私に〝聖女の試し〟をさせてきた。
回を重ねるほど『私には何もできない。私は無力でなんの取り柄もないハズレ姫』という想いが増していく。
傷付いた動物に両手をかざすあの瞬間が、嫌で嫌で堪らなかった。
その様子を優秀なレティが見ているから、もっとつらかった。
硬く目を閉じて『うん……っ』と踏ん張り、心から『治れ』と祈り、精神がすり切れるほど念じても、奇跡は起こらなかった。
そうしていくうちに、私は自分の事を絞りに絞ってカラカラになった、雑巾のような存在だと思うようになっていった。
雑巾が『もう無理です。私には何もできません』と悲鳴を上げた頃になって、光り輝く聖女が現れる。
私とうり二つの彼女が手をかざしただけで、手の間から眩い光が溢れてあっという間に動物の傷が癒えていく。
その時の無力感、敗北感、絶望ときたら――。