嫌な予感はルタットの町で感じていた。
バヴァルが投げた魔石の行方――それがスキュラの異変に関係しているとすれば猶予は残されていない。それだけに見習い騎士に構っている余裕は無く、厄介なことになるのは明らかだ。
「おれは神殿に行くことになるが、見習い騎士のあんたは神殿手前で待っていてもらう」
冷たい物言いになるが仕方ない。
「ど、どうしてですか? 僕は王女に会うために……」
「神殿には高レベルの魔物と厄介な相手がいるからだ。王女に会うならその後が望ましい」
「そんな!? それほどまでの相手が神殿にいるなんて!」
「大丈夫だ。シーフェル王女はきっと無事だ」
スキュラと聖女エドラはどちらも弱体魔法を得意としている。しかしスキュラの精神が乗っ取られていることを前提とするなら、水魔法を多用してくるはずだ。そう考えると十分な用意で挑む必要がある。
それはともかく、そろそろルティのところに戻らないと。
「いい気になってちゃ駄目なんですからね? わたしが一番なんです! 一番初めはわたしなんですから!」
少し目を離していただけなのに、ルティの周りが予想以上に騒がしくなっていた。
「……ふふん~下らないなの! たまたまガチャを引いて、小娘が最初に呼ばれただけに過ぎないなの! 優先も何も関係ないもん!!」
「いいえ!! わたしはアック様の全てをお任せされている身! 剣なら剣らしくお役に立つべきですよ!」
「別にそれだけがわらわの全てじゃないもん!!」
――やはりか。つくづくルティとフィーサは相性が悪いな。
「アック! シーニャ、どうする? シーニャ、止めるのだ?」
シーニャも戸惑っている感じだな。
「いや、シーニャは何もしなくていい。すぐ終わる」
「ウニャ」
最近はルティと行動することが少なくなっていた。だからといって避けていたわけでもなく、単なる役割分担をしいていただけに過ぎない。
「”ルティシア”と”フィーサブロス”! そろそろ先に進むぞ。もういいんだよな……?」
「はいいっっっ!!」
「な、なのっっ」
彼女たちの正式名を呼ぶ時は強調することにしている。それが分かっているようで、二人とも素直に返事をしてくれた。
「ルティ。見習い騎士はルティに任せるけど大丈夫だよな?」
「お任せ下さいませ! あっ! アック様」
「ん?」
「お手をお借りしてもよろしいでしょうか?」
「手を? 何かまた作ったのか?」
いつもは特製ドリンクやら何やらを渡してくるルティ。どうやら今回はそうではなく、おれの右手をがっちりと掴んできた。
「ではではっ、恐れながら右手をお借りしますっ!」
「おれの右手に何か――ぬぉわっ!? な、何をし……!?」
ルティはおれの手を強く握りしめ、
「アック様、わたしのご主人様の心はわたしがお守りします。たとえこの先揺らぐことがあったとしても、ルティはあなた様をお慕いし続けます」
幸か不幸か、ルティがした行為はフィーサたちには見えていない。さり気ない行為を時々してくるが、今回はそれとはまるで違った。
「ル、ルティ……」
「え、えへへ。ど、どうでしょうか? 今はわたしがお手をお借りしているだけなのですが、アック様さえよければぜひぜひご自分の意思で撫で回しても……」
「い、いやいや、そ……それはまた今度にする。と、とにかく、後方は任せたからな!」
「はいっ、それはもう!」
唐突なことで驚いて動揺してしまった。もしかしてルティなりに寂しさは感じていたのか?
――とはいえ、まさか募り募って自分の胸に手を引き寄せることをしてくるなんて。
彼女の場合はガチャで呼んだ時からおれに好意があった。普通なら不審がってもおかしくないのにだ。隠れ口づけも以前にあったし、今回の行為も約束された気持ちの一つになるのだろうか。
それにしても、彼女の胸に触れた途端どういうわけか力がみなぎり始めた。胸に触れただけなのに何とも謎過ぎる……。
「イスティさま。ドワーフ小娘が何かしたのなの?」
「い、いやっ、何でもないぞ。そろそろ進もう」
「アック、たくさん出たもの着けない? 着けないのだ?」
「そうだな。装備しとかないとな」
変に意識させられそうになったが、今は神殿に進むことを考えねば。
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