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葵ちゃん、優しい、🥲
「うん」
自分のお店の売上とか考えないのかな。
 「ごめん。葵の前だと素になる。店じゃ仕事だから優しくしたり、言葉遣いも考えられるんだけど。怖かった?」
 どうしてそんな顔をするの?
 「怖くないよ」
 「そっか、良かった」
 夜の彼とは違う、子どものような笑顔。
流星さんが帰る時間になり、玄関先まで見送る。
 「昨日からありがとう。楽しかったよ。あっ、タクシー代とか払ってないよね?」
 慌ててお財布を取りに行こうとしたが、流星さんに腕を引かれ、止められた。
 「いらない」
 「でも……」
 その瞬間、彼は私を抱きしめた。
 「えっと」
 「また会いたい」
 どうしよう、どうしよう。どうしよう。
私は流星さんを抱きしめ返すことができない。
 「ごめん。私、流星さんのお客さんにはなれない」
 「そうじゃない!普通に……」
 彼が言いかけた言葉を私は遮り
「|瑞希《みずき》くん、だよね?」
彼の本当の名前で呼んだ。
 「えっ……。俺のことわかってたの?」
 彼は私を離した。
 「ううん。最初は全然わからなかった。今日の朝、寝顔を見て思い出したの。雰囲気とか会った時と違うんだもん。人気のホストさんになれたんだね」
 そう。流星さん、本名は瑞希くんと出会ったのは昨日が初めてじゃない。
瑞希くんとは、過去に一度だけ会ったことがある。
 
 「ああ。店の看板に写真が載るほど人気になれたよ。俺だって、瑞希だって言いたかった。でも、葵が覚えていなかったらどうしようって思って。なかなか言い出せなかった」
 「覚えてるよ。ホストさんとして成功して良かったね」
 「葵とは、ホストとしてじゃない。普通の男としてこれからも会いたい」
 真剣な瑞希くんの顔を見て、心が揺らぎそう。
友達として会うだけなら、許してしまいそうだ。
私は手をギュッと握る。
 「ごめん。できない」
 「なんで?俺がホストだから?信じられない?」
 そんな泣きそうな顔しないでよ。
 「違うよ。ごめんね。ほらっ、行かなきゃ、時間だよ!」
 私は、瑞希くんの背中を押した。
 「仕事、頑張って。お店には行けないけど、応援してるから。バイバイ」
 瑞希くんの顔を最後は直視することができず、玄関のドアを閉める。
 その場に座り込む。
これで、いいんだ。
失恋したわけじゃないのに、この虚無感。なんだろう。
 瑞希くんも諦めたみたいで、インターホンが鳴ることはなかった。
 はぁ、一夜だけの恋ってこんな感じなのかな。
 瑞希くんとの出会いは、ちょうど尊と付き合い始めたばかりの三年前くらいだった。
朝の通勤ラッシュの時間帯。
満員電車を降りて、会社に向かおうとしていた時
<今、何時くらいだろう?>
乗り換えの電車を気にして、一瞬自分の時計を確認した。
 その時、すれ違った男性の肩にぶつかってしまった。
「すみません!」
 私の不注意だったため、すぐに声をかけ謝る。
が、ぶつかった男性はその場に倒れてしまった。
 えっ!私、そんなに力強かったっけ?
「大丈夫ですか?」
 声をかけたら顔色が悪くて、頭でも打ってたらいけないし、すぐ救急車を呼ぼうと思ったけど
「大丈夫だから」
そう言って彼はゆっくりと立ち上がった。
「すごく顔色悪いですよ?救急車……」
「大丈夫。ありがとう」
 真っ青の顔の彼は、ぶつかった私に怒るわけでもなく、ゆっくりと真っすぐ歩いて行く。
 その場で少し悩み、お節介だと思ったけどほっとけなくて、彼の後をついて行ったら顔色が悪い彼は、駅のベンチに座っていた。
やっぱり、体調が悪いんだ。
「さっきはすみません。余計なお世話かもしれないけど、心配で。本当に具合悪そうです。無理しないでください」
 声をかけたが、俯いている。
「ご飯食べてないだけだから…」
「えっ?」
「病気とかじゃないから。顔色が悪いとかふらつくのは、ただそれだけの理由だからほっといて」
 ご飯食べてないの?お金ないのかな。
「ちょっと待っててくださいね?絶対、ここにいてくださいね!」
 私は近くのコンビニまで走って行って、すぐ食べられそうな物と飲み物、あと、レトルト食品、カロリーが摂れるような栄養食品を買って、彼のところに戻った。
 彼は私のお願いした通り、まだベンチに座っている。
「はいっ」
 私が彼に買ってきた水を渡すと
「いらないって言ってるじゃん」
彼は機嫌が悪くて、私の行為に怠そうだ。
勇気を出して飲み物のキャップを外し、強引に彼に渡す。
「あの、救急車嫌だって言ってますけど、このままじゃどこかで倒れて病院に行かなきゃいけなくなりますよ」
 キツイ言い方になっちゃったかもしれない。
そう思っていたら、彼は渡した水をゴクッと音をたてて飲んでくれた。
喉乾いているんだ。
 私はおにぎりの包装を破り、彼に渡す。
「何味が良いのかわからなかったので、とりあえず鮭を買ったんですけど、嫌いでしたか?」
「なんでここまですんの?」
 彼が小さな声で呟いた。