テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「……にゃーん。」
草むらの奥から、か細い鳴き声が響いた。
茂みをかき分けて覗き込むと、そこには小さな体を丸めた一匹の猫がいた。
灰色がかった毛並みは所々土で汚れ、月明かりの下でもやつれた様子がはっきりと見て取れる。
「………猫……。」
ルカが拍子抜けしたように呟く。
「………どこが幽霊アル。」
鈴凛が半眼で振り返った。
緊張して構えていた分、その脱力ぶりは大きかった。
ラテも恐る恐る覗き込み、自分の目を疑うように瞬きを繰り返す。
「あ、あれ…?……ほ、ほんとだにゃ。」
「……ご、ごめんにゃ……。」
「猫と幽霊……み、見間違いだったにゃ……。」
しゅんと耳を垂らし、ラテは消え入りそうな声で謝った。
「……。」
鈴凛は何も言わず、ただ深く息をついた。
「ま、まぁ……だろうなとは思ってたけど……。」
ソフィアが苦笑気味に肩をすくめる。
「……まぁ……何事もなくてよかったじゃないか。」
「大丈夫、気にしないで。」
フローが優しくフォローを入れた。責めるつもりは端からないようだった。
「うぅ……ほんとごめんなさいにゃ……。」
ラテはなおも申し訳なさそうに縮こまっている。
「……待って!この猫ちゃん……。」
ニアが猫の傍にしゃがみ込み、ふと表情を強張らせた。
「足から血が出てる……怪我してるよ……。」
前足の一本には、うっすらと血が滲んでいた。
踏ん張ることもできないのか、猫は体を斜めに傾けたまま、その足を地面につけないようにしている。
「…よく見たら毛並みも乱れてるにゃ……。」
ラテも慌てて猫の様子を見つめ直す。
先ほどまでの怯えは、いつの間にか心配の色に変わっていた。
「野良猫だね。どこから迷い込んできたんだろう……。」
フローが眉を寄せ、辺りをぐるりと見回す。
「……どうする?食べ物とか……。」
ソフィアが猫の方へ手を伸ばしかけた、その時。
「……待て。近づくなアル。」
鈴凛が鋭くその手を制した。
「えっ?」
「おかしいと思わないアルか?」
鈴凛の声が、わずかに低くなる。
「普通の野良猫が結界をすんなり抜けれるわけないアル。」
「…た、確かに……しれっと結界超えてる……。」
ニアも今更ながらその違和感に気づき、表情を引き締めた。
「つまり、ただの猫じゃなくてこいつは猫又アル。」
「ね、猫又!?」
ラテが素っ頓狂な声を上げる。
フローが猫の後ろへ回り込み、目を細めた。
「……よく見れば、しっぽが二つあるね。」
よく見ると、一本だと思っていた尾は根元から二股に分かれ、それぞれが別の生き物のように緩やかに揺れていた。
「本当に猫又だよ…珍しい……。」
「………猫又って、ラテのこと?」
ルカがふと、ラテの方を見やる。
「にゃ!?……た、確かに……そうにゃ?」
急に話を振られ、ラテは自分でも整理がついていないような顔をした。
「…ラテちゃんって猫又なの?」
ニアが興味津々に尋ねる。
「あたしは猫又と半神のハーフってやつにゃ!」
ラテが胸を張って答えた、その時――
油断したソフィアが「へぇ〜」と呑気に伸ばした指先が、猫の鼻先にそっと触れた。
瞬間、金色の瞳がすっと細まり、前足がひゅっと鋭く振り抜かれる。
「…あっ!」
ソフィアが小さく声を上げ、腕を押さえた。
「いったぁー……くはないんだけど……。」
痛がっているのか、痛くないのか、よくわからない反応に、辺りの空気がわずかに緩む。
「迂闊に近づくんじゃないアル……。」
鈴凛が呆れたように息をついた。
「えへへ……。」
ソフィアは照れ笑いで誤魔化す。
「……ソフィア、血が出てるアルよ。」
「……ほんとだ……。え、私って血出るんだ……。」
自分の腕から滲む赤い筋を見つめ、ソフィアはどこか他人事のように呟いた。
「大丈夫…!?わたしが治すよ……!」
ニアが慌てて駆け寄る。
「猫ちゃんの怪我もそうだし…わたし救急箱取ってくる!」
「ありがとうニアちゃん〜……。」
ソフィアがひらひらと手を振って、屋敷の中へ向かったニアを見送る。
ふと猫の様子を見ると、先ほど暴れたのが嘘のように、猫はラテの足元にぴたりと寄り添っている。
「……この子、ラテくんに懐いてるみたいだね。」
フローが猫の様子を見て、微笑ましそうに目を細めた。
「…か……可愛いにゃ……。」
ラテはでれっと相好を崩し、そっと猫の頭を撫でた。
「…我には全然懐かないアル……。」
鈴凛が試しに手を伸ばしかけると、猫は瞬時に毛を逆立てた。
「……あっ……ぶないアル……。」
「こいつ、敵意マシマシアル……。」
その時、ぽつりとぽつりと冷たいものが降ってきた。
「……ねぇ……雨降ってきたよ。」
ルカがふと空を見上げ、静かに告げた。
「……ほんとだ……。」
ソフィアもつられて空を仰ぐ。頬に冷たい雫が当たり始めていた。
「し、しっぽが濡れるにゃ!!」
ラテが慌てて自分の尻尾を抱え込む。
「どうするアル……さすがに屋敷の中には連れてけないアルよ。」
鈴凛が困ったように呟いた。
「……とりあえずニアくんが来るまで待とうか…。」
フローが皆を見渡し、ひとまずそう提案した。
雨脚はまだそれほど強くなく、少しの間なら持ちこたえられそうだった。
◇
「みんな〜!お待たせ!」
救急箱を抱えたニアが、小走りに戻ってくる。
「うぅ、すごい雨だね……今から治すからね!」
髪を少し濡らしながらも、ニアは屈み込んで手際よく道具を広げ始めた。
「ニアちゃんマジ天使〜……!」
ソフィアが両手を合わせて拝むような仕草をする。
「マジ天使だからね〜!任せてっ!」
ニアは得意げに笑って見せると、傷ついたソフィアの腕へと、そっと手を伸ばした。
ニアは手際よく包帯を巻き終え、満足そうに額の汗を拭った。
「これでよしっ……!」
「ありがとう〜…!」
鈴凛が空を見上げ、眉をひそめる。
「……ニア、だんだん雨足が強くなってきてるアル。」
ぽつぽつと降り始めていた雨は、いつの間にか地面を叩くほどの音を立て始めていた。
「みんな、一度屋内に入らないかい……?」
フローが濡れた前髪をかき上げながら、心配そうに皆を見回す。
「このままだとボクたちも風邪を引いてしまうよ。」
その言葉には、庭に集まった面々への気遣いが滲んでいた。
誰か一人が体調を崩せば、屋敷全体に影響することを、フローは誰よりもよく分かっている。
「で、でも……それだとこの子はどうなるにゃ?」
ラテが自分の膝の上でうずくまる猫を、両腕でそっと抱き寄せた。
その仕草には、先ほどまでの怯えとは違う、庇うような強さが宿っていた。
「それは……。」
ニアも言葉に詰まる。
雨に打たれる小さな体を置き去りにする選択肢は、誰の頭にも浮かんでいないようだった。
「可哀想だから……屋敷の中、入れてあげようよ。」
ルカがぽつりと、しかしはっきりとした声で言う。
普段口数の少ない彼にしては珍しく、迷いのない口調だった。
「うん、雨が止むまで匿うくらい……。」
ソフィアもすぐに同調する。
「……猫又の危険性を甘く見たらダメアル。」
鈴凛だけが、ただ一人冷静な声で釘を刺した。
「もし突然暴れだしたらどうするつもりアル。」
その言葉には、意地悪さではなく、屋敷の皆を守ろうとする慎重さがにじんでいた。
「その時は……あ、あたしが責任をもって止めるにゃよ!」
ラテが胸を張るように言い切る。
声には自信のなさが滲んでいたが、それでも引く気配はなかった。
「………ほんとにいいのかな……。」
ニアが不安げに呟きながらも、ちらちらとラテの腕の中の猫を気にしている。
追い出す方向には、どうやら傾きそうになかった。
「…わかった。」
「みんな、ひとまず庭の倉庫まで行こう。」
フローが皆を見渡し、落としどころを提案する。
「そこなら雨宿りもできるし、何かあったとしても大事にはならないだろう?」
その言葉には、譲れない一線と、皆の想いを汲もうとする配慮とが、絶妙な均衡で保たれていた。
「……わかったアル。」
鈴凛はなおも不服そうな顔をしつつも、渋々といった様子で頷いた。
雨脚はますます強まり、庭木の葉を激しく打ち鳴らしていた。
ラテは濡れないよう猫を胸元に抱え込み、皆に続いて足早に倉庫へと向かう。
その小さな体温を腕の中に感じながら、ラテの表情には、先ほどまでの浮ついた興奮とは違う、静かな優しさが浮かんでいた。
#異世界
金山ジョージ
13,120
もな
71
羽海汐遠
13,760
コメント
2件
作者コメント┊︎ 猫又は甘く見たらアカン!
読了したわ!「幽霊かと思ったら怪我した猫」って流れ、めっちゃ自然で好きだわ。ラテが猫又と半神のハーフって明かされたのも興味深いし、怪我した猫を助けようとする温かさが伝わってきた。鈴凛が慎重に釘刺すところもキャラ立ってていいな。雨のシーンの雰囲気も良かった!次回も楽しみにしてる🔥