テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
なんか続きがあった。攻め同士の話。
そこは、次元の継ぎ目が作り出した空白の境界。現実のヨコハマから切り離された、静寂だけが支配する硝子張りのラウンジだった。
カウンターに座っていたのは、二人。 「太中」の太宰治と、「中太」の中原中也。
一方は、小柄な相棒を物理的にも精神的にも完膚なきまでに調教し、己の所有物として檻に閉じ込める黒衣の支配者。 もう一方は、最愛の相棒の虚無をその圧倒的な力と情愛で組み敷き、己の腕の中でしか息をさせない重力の覇者。
「……おや。これはまた、珍客だね」 先に口を開いたのは、太宰だった。彼は細い指先でグラスの縁をなぞり、毒蛇のような微笑を浮かべる。 「君のような、男気に溢れた、それでいて『抱く側』の匂いをさせた中也は、私の世界には居なくてね。少しばかり、目眩がするよ」
「奇遇だな。俺の知ってる太宰は、もっとこう……俺に蹂躙されて、情けなく鳴くのが専門だ」 中也は不敵に笑い、コートを肩から滑らせた。その瞳には、弱者を慈しむような光ではなく、同格の強者を品定めするような、鋭い獣の光が宿っている。 「てめェ、その座り方、目付き……自分の『中也』を、随分と可愛がってるらしいじゃねェか」
「可愛い? ああ、そうだね。泣き喚いて抵抗していた彼が、絶望の果てに私の指を欲しがるようになる過程は、どんな傑作映画よりも美しいよ」 太宰の瞳が、深淵のような昏さを増す。 「彼にはね、自由なんて必要ないんだ。私の愛という名の猛毒を流し込み、私の顔色を伺わなければ立てないようにしてあげるのが、唯一の救いなんだよ。……君には、理解できるだろう? 『自分がいなければ、この男は生きていけない』と確信する愉悦を」
「……ああ、解るさ」 中也は低く笑い、拳を鳴らした。 「だが、俺のやり方はもっと直球だ。あいつが死にたいだの消えたいだの抜かす度に、ベッドに叩き伏せてやる。逃げ場を全部塞いで、俺の熱で肺を焼き尽くす。あいつの空っぽな心を、俺という存在だけでパンパンに満たしてやるんだ。屈辱に顔を歪ませながら、最後には俺に縋り付いてくる太宰を見るのは、何物にも代えがてェ」
二人の間に、張り詰めたような緊張感が走る。それは敵意というよりも、「理想の獲物を飼い慣らした者同士」の、悍ましいまでの同族意識だった。
「なるほど。君は『太陽』として彼を焼き、私は『闇』として彼を飲み込むというわけか」 太宰が楽しげに目を細める。 「ねぇ、一つ提案があるんだ。君のその……逞しくて、支配欲の強い腕で、私の世界の『中也』を抱いてみたらどうだい? きっと彼は、いつもと違う強引なやり方に、壊れてしまうかもしれないけれど」
「はっ、御免だね」 中也は一蹴し、残りの酒を飲み干した。 「俺はあいつが、俺にだけ見せる『屈服の顔』にしか興味がねェ。それに……てめェのような、加虐趣味の塊みたいな太宰に抱かれて、メロメロに骨抜きにされてる『中也』なんて、見てるだけで虫酸が走りそうだ」
「ふふ、手厳しいね。私も同感だよ。君のような男に甘やかされている太宰なんて、反吐が出るほど滑稽だろうから」
二人の「攻め」は、互いに相容れない哲学を持ちながらも、その根底にある「相棒に対する常軌を逸した執着」において、深く共鳴していた。
「……ま、一つだけアドバイスしてやるよ、太宰」 中也が立ち上がり、出口へと歩き出す。 「あんまり締め付けすぎて、壊すんじゃねェぞ。中也って生き物は、意外と脆いんだからな」
「ご忠告ありがとう。でも大丈夫さ」 太宰は振り返らず、暗い愉悦を滲ませた声で応えた。 「壊れたら、壊れたなりに愛でる方法を、私は幾らでも知っているからね」
ラウンジの扉が閉まる。 残されたのは、獲物を完璧に支配したという自負を持つ二人の男の、余韻だけだった。