テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
麗らかで、柔らかく。
伸びやかな風の囁きと、輝く陽光。
地面にすくすくと伸びる萌黄色の芝生を
指先で撫でつける感覚。
思い出す。ただ、あの穏やかな平野を。
暗い暗い、コンクリートの部屋の中で。
ずうっと遠くから聞こえる喧騒と雑踏…
終戦…戦争に負けてからずっと、
私はここに幽閉されている。
この無駄に広い牢獄の戸は開かず
いつまでも助けは現れず。
カラ、と音を立てて空き缶を蹴り飛ばす。
缶詰もついには最後のひとつ。
とっくの昔に水は尽き。
稀にコンクリートの壁をぺちぺち叩いたり
窓に手が届かまいかと跳ねてみたり。
無謀な脱出の未来をひたすらに想ったり。
一日、二十四時間もの時間を
何も成し遂げることなく、無駄に過ごす。
此の虚しさ。
誰にも、分かるまい…なんて、な…
高い窓から差し込む、ごく僅かな月光の下
手遊びをしてみる。
確か、これが犬で。
これは蛙、豚…これ以外、知らんな。
ふと思い出す。
比律賓、帛琉、…私の占領下だった彼らは
みんな細くて、土で薄汚れていて。
明るく無邪気な顔は…まだ無事だろうか。
壁にもたれかかり、天井を見る。
無機質で、つまらない色。
土よりも冷たくて硬く、足音まで不気味。
頑丈さと根性には自信があったのだが
そろそろ、気が参りそうだ。
缶詰を全て開け切り、三晩過ぎた。
空腹が堪える。
カラカラに乾ききった喉も、
何一つ変わらない景色も
冷え込む夜も。
死ぬ…よりも前に、気が狂う。
人に会いたい。
話ができたならまだマシになる。
新しい音を聞くことが出来たなら…
瞼が重い。服の一枚さえも、重い。
しかしいつもよりも近い革靴の足音。
カツン、カツーン、…
ふと止まる。
すぐ近く、のようにも感じる。
鍵が差し込まれる音。
それが回って…立て!立て、逃げろ!
逃げるんだ。私は、ここから…
とが
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「…Hello!日帝野郎!」
「はは。残念、残念…動けないなあ」
久々に立ち上がって、一歩を踏み出した。
脚がぐらぐら揺れて
情けなく、顔から地面へ伏せた。
背に靴底が押し付けられる。
ミシ、と骨が鳴る音。
心臓が早鐘を打って、…意識が遠のく。
「あ、まずい。飯も水も無かったか」
「やっぱ俺、ペット飼うの向いてねぇな」
「大体…ーーはー、ー……」
痛い!あつい、痛くて…堪らない!
反射的に目を開ける。
すぐ目の前。
夏の空みたいに清々しい色の…双眼。
憎らしく細められる。
「お、起きた…スタンガン痛かった?」
「ほら、飯。食えよ」
口にスプーンが押し付けられる。
食べたい、すごく、腹が減ってる。
なのに、口が開かない。
顎さえ重い…こうやって思考を回す。
これで、やっとなくらい…
「…今嫌がっても死ぬだけだぞ?」
「ほら、食え、…あ?…え、うーん…」
「ああ、クソ!寝るな!」
ぺちぺちと頬を叩かれる。
起きているし、早く、それを食べたい。
食わせられるのは屈辱だが
とにかく今は、早く…それを食わないと、
死んでしまう。
少しだけ口を開けられた。
その目が明るく輝く。
「むせるなよ〜?」
「…美味いか?ん〜?…はは!」
豆だろうか?
少し酸い味がして…飲み込みやすい。
スプーンがもう一度近づく。
また口に押し付けられて
どうにか、口を開く。
「…流石に、ここは酷かったか?」
語りかけるような、優しい口調。
なんの話だろうか?
私に関係のある話か、ただの独り言か。
舌で豆を潰し、喉へ押し込む。
またスプーンで豆が運ばれ、食べる。
その繰り返し。
言葉の続きが紡がれることはなかった。
缶詰丸々ひとつを食べ終えた頃。
米帝は底の深い缶に入った水を寄越した。
喉の潤う感覚が心地よい。
飲み終わった頃。
その異様な笑顔に気がついた。
多少の狂気を孕んだ瞳。
三日月のように歪む、口角。
その笑顔が私に向けられている。
恐怖…よりも先に、逃げなければという
鋭い直感、衝動が生まれた。
座ったまま後ずさる。
素手で床を叩く、ぺちという音。
ぺち、ぺち…背中に何かが当たる。
すぐ後ろは壁だった。
「……あー…バレた?」
「やっぱ、勘良いよな…なぁ?日帝…」
口の中が少し苦い。
薬のような苦味…何か、盛られたのか。
気づけなかった。
警戒さえ、出来ていなかった。
全身がこわばり、粟立つ。
私よりも幾分か大きい体がにじり寄る。
「…別に、傷付ける訳じゃない!」
「ほら、仲直りのハグしようぜ?」
梟が捕食の際に羽を広げるみたいに
手を大きく開いて、さらに迫られる。
背骨や肋骨を折られるのだろうか?
ナイフで背か腹を裂かれるのか?
私もここまでだ。
こんなに恐ろしい表情を眼前にして
誰が竦まずにいられるのだろう。
1、2、3…4…心臓の鼓動を数える。
まだ、焼いた鉄を押し付けられたみたいな
裂傷の痛みは感じない。
ただ、大きな胴に包まれている。
荒れて硬くなった手が後頭部を抱え、
指ですりすりと撫でられる。
暖かい、ああ、怖い。
やるなら早く、一思いに殺してくれ。
「…そんなに怯えなくてもいいんだけど」
「死ぬ程悪い薬じゃないんだ」
嘘だ。つい数ヶ月前には殺し合ったのだ。
恨み、恨まれ…早く滅べと願った。
良い薬など飲ませてどうするのだ。
金の無駄、この鬼畜がそんなことはしない…絶対に、するはずがない。
何か裏がある。
あの不気味な顔は…そういうことだ。
「……どうしてだ?」
「こんなに説明してやってるのに」
「日帝。何が怖い?なあ…」
「…私は、お前の心が恐ろしい」
「何を企んでいる」
「言ったら嫌われちゃうからな〜」
「…言わない!」
「だけど…ま、今日はいい日になるぜ」
米帝は立ち上がり、私を見下ろす。
目は、笑っていない。
良い日になる?どういうことだ。
未だ上手く動けない。
ふらふらと壁伝いに立ち上がろうとすると
米帝の足が掛けられ、容易に転ぶ。
壁に頭をぶつけた。
痛い…?…痛く、ない…痛みを感じない。
足が床に放り出されて、暫く動けない。
痛くない?どういうことだ。
さっきの薬の何かか?
なら、なぜ…そんな薬を?
私の右足…ふくらはぎの辺りを
米帝の黒いミドルブーツが踏みつける。
「立てなくて…いいんだけ、どっ!」
ボキ。
体に響く、嫌な音。
まずい…と直感が感じる程に。
冷や汗が伝う。
しかし、全く痛みを感じない。
ただ立てない。動かない。
右足の先の感覚が何もない。
「悪いな!逃げられちゃ困っちまう!」
「じゃあな〜…Goood bye!」
手をひらひら振って、背を向けられる。
どういうことだ?
何一つ、理解できない。
私がこうして動けない間にも
米帝は扉を開けて去っていった。
…またしても、気づかなかった。
軽快な足音がもう1つ…響いたことを。
再び、扉が開かれる。
「日帝!久しぶり…僕だよ!」
目が眩むほどに白い服。
長身で細身な体躯。
胡散臭く、どこまでも怪しい顔。
お前とは何度も顔を合わせたことがある。
お前は…
コメント
1件
読ませていただきました。冒頭の麗らかな風景の記憶と、暗いコンクリートの牢獄の対比が鮮やかで、一気に引き込まれました。米帝の「ペット飼うの向いてねぇな」という台詞が不気味で、狂気を感じさせる笑顔とのギャップが怖いです…。最後の白い服の人物の登場で、さらに物語が動き出しそうな予感。続きがすごく気になります。