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さっちゃん……サーシャと結婚した。
子供なので正式な結婚は出来ないから、事実婚?状態らしい。
サーシャはわたしを一生愛してくれると言ってくれて、わたしも一生愛すると誓った。
でも、わたしには「愛」がよく分からない。
サーシャのことは大好きでずっと一緒にいたい。大好きでずっと一緒にるなら友達以上の関係が必要で、そうなってくると結婚して夫婦になるしかない。そして、夫婦には「愛」が必要……。
「んー……、よく分からない……」
「どうしたのアリアちゃん、分からないところがあるなら教えるよ」
わたしの独り言に隣の子が反応してきた。指懲室に行くのを協力してくれた保健委員の友達だ。
今は3時間目の数学の最中。セレーティア先生が図形の計算式を黒板に書いてる。
教室に戻ったらちょうど3時間目の開始時間だった。それからずっと愛について考えてる。
「愛ってなんなんだろうね……」
「……指懲室で恋愛小説でも読んできたの?」
「結婚したんだけど、愛がよく分からないんだ……」
「結婚? 誰か結婚したの?」
「わたしとサーシャ……」
「……アリアちゃんと、サーシャ、さん? サーシャさんって誰?」
「ん? あー……、さっちゃんのこと……」
「え……? アリアちゃんとさっちゃんさんが、結婚……?」
さっちゃんがサーシャ……やっぱりムズムズする。口に出すと余計にムズムズする。
サーシャ……サーシャ……サーシャ……「アリアだけのサーシャ」。
そう言ったときのサーシャの顔はすごく嬉しそうで幸せそうだった……。
あんな顔は見たことがない。
笑顔で、照れていて、半泣きで、嬉しそうで、幸せそう……全部がまざった複雑な表情。
あれが「愛」してる表情なのかな……。
「アリアちゃん、冗談、だよね? え、ちょっと待って、よくわからないよ?」
「うん……ホントによくわからない……」
わたしにあんな表情は出来ないと思う。
だって、可愛い過ぎたもん。あんなに可愛い表情はわたしには絶対に出来ない。あの顔を見た人は全員がサーシャのことが大好きなると思う。全世界を魅了する表情……それがわたしだけに向けられていて、ずっとわたしだけもの……。
……怖い。あの表情は一人で独占していいものじゃないと思う。わたし、そのうち誰かに嫉妬で刺されるんじゃないのかな……。
「愛してる……サーシャ……結婚……夫婦……アリアだけのサーシャ……」
ムズムズ単語を並べるとすごい破壊力……。
「えぇーーーーーーーーーーーー!!!!!」
「ひょえっ!?」
「「「!?」」」
ビックリした!! なにごと!?
「アリアちゃんとさっちゃんさんが結婚!! 愛してるって!! キャーーー!!」
「ほえ?」
「なに!? 夫婦!? アリアだけのサーシャってプロポーズの言葉!? キャーーー!!」
「は? え?」
「指懲室から救い出してそのままプロポーズして結婚!! アリアちゃん、最っっっ高!!!」
なに言ってるの?
「みんなー! ちゅうもーーーく!!」
わたしは手を取られて一緒に立ち上がった。
え? なにこれ?
「この度、アリアちゃんと、6年生のさっちゃんさんが結婚しました!!」
「ちょ、なにを……」
「プロポーズの言葉は「アリアだけのサーシャになれ」っ!! 新しい愛称をつけて俺のもの宣言!! なんて強引で頼もしいの!!」
「そんなこと言ってな……」
「そして二人は愛を誓いあって結ばれました!! 二人の永遠の愛に祝福を!!」
パチ!パチ!パチ!パチ!パチ!パチ!……
一人で盛り上がって一人で拍手してる……周りはドン引きだよ……。
「ほら! みんなも祝福して!!! おめでとー、アリアちゃん! 幸せになってね!!」
「おめでとう」「おめでとう」「おめでとう」「おめでとう」「おめでとう」……。
「おめでとう」「おめでとう」「おめでとう」「おめでとう」「おめでとう」……。
「おめでとう」「おめでとう」「おめでとう」「おめでとう」「おめでとう」……。
みんな呆然としておめでとうって言ってるよ……。
こんなに嬉しくない「おめでとう」はないと思う……。
「アリアちゃん、結婚の決め手は!!」
「え? あ、何だろ? ……愛を教えてほしい?」
「キャーーー!! なんてハードボイルドなセリフ!! 結婚してやるからお前の愛を俺に教えろってこと!? アリアちゃんがそんなに男前な性格だなんて思わなかったよ!!」
んん? なんか意味が少しずれてる気がするよ?
「指懲室から救い出して俺のもの宣言! からの結婚して二度と離さないぞ宣言! しかも、愛を教えろって……オ・マ・セ・サ・ン!!」
「……」
もう意味不明だよ。
結婚だけはかろうじて分かるけど、かなり脚色されてる気がする。
わたしの言葉と妄想が混じってない?
「ゴホン!!!」
あ、先生が現実に戻ってきた。
この意味不明な展開をどうにかしてほしい。
そもそも普通に授業中だし、授業妨害以外のなにものでもない。
「二人とも、静かにしなさい。今は授業中です」
「はい」
「先生ー!! なにを言ってるんですか!! 友達が結婚したんですよ!! 祝福しないでどうするんですか!?」
「落ち着きなさい」
落ち着こうよ。巻き添えで怒られるのは嫌だよ。
わたしは超優等生を目指してるんだから、先生からの評価を落としたくない。
「先生は行き遅れたせいで悔しいでしょうが、生徒の結婚はちゃんと祝福しましょうよ!!」
「黙りなさい」
行き遅れを指摘されてちょっと怒ってるよ……。
わたしみたいな子供に先を越されたんだから悔しいよね……そっとしとこうよ……。
「先生は……」
「あなたは黙りなさい。アウレーリアさん」
「え、わたし?」
え? なんでわたし? すぐに座って静かにしてたよね?
「……結婚したと言うのは本当ですか?」
「はい。子供なんで事実婚?らしいですけど……」
「なるほど……いいですか、結婚と言うのは18歳になってから……」
なぜか結婚のシステムを説明されてる……数学は?
「……となるのが結婚で、夫婦と言うのは……」
次は夫婦についてのレクチャーが始まった……数学は?
「……が夫婦であり、新居での生活は……」
今度は新居での夫婦生活についての説明が始まった……授業の内容を勘違いしてない?
……ていうか、先生って未婚の行き遅れだよね? なんで結婚生活の話を自信満々に語ってるんだろう……。
「……ということがあり、離婚の際は……」
ついに離婚の話を始めたよ……数学はどうでもいいみたいだね……。
結婚をしたことがない先生に離婚の極意? を説明されてる。
わたしに別れてほしいのかな? やっぱり嫉妬してる?
ゴォーン……ゴォーン……ゴォーン……
あ、鐘が鳴った。
「……と言う訳です。以上で、結婚学についての授業は終わります」
結婚学ってなに? 行き遅れの先生が考えたオリジナルの学問?
数学の時間に自前の学問をやったらダメだと思うよ……。
「いいですか、アウレーリアさん。これらの理由により、先生より先の結婚は許しませんよ」
……なに言ってるのかな、この先生?
「せんせー!! それは職権乱用だと思います!! 行き遅れの嫉妬は見苦しいです!! 生徒の結婚はちゃんと祝福してこそ教師だと思います!!」
「あなたは結婚学が何もわかってませんね。教えてあげますので職員室に来なさい」
「行き遅れの結婚学なんて論破してみせます!!」
「いい度胸です……あなたが行き遅れの結婚学と呼ぶ素晴らしい学問、骨の髄まで叩きこんであげます」
「こっちはピチピチの初々しい結婚学を叩き込みます!! アウレーリアちゃん、任せておいて!!」
「……うん、任せる」
「「うぎぎぎぎ……」」
二人は火花を散らして出て行った……。
もう好きにしたらいいよ、わたしがいない所でなら……。
「アリアちゃん! 結婚したってホント!」
「どういうこと! ねえねえ!」
「さっちゃんさんと結婚とかすごいね!」
謎の結婚学が終わったと思ったら女子からの質問ラッシュが待っていた。
まあ、そうなるよね。あれだけ大騒ぎすれば誰でも気になる。みんな恋バナに飢えているので、結婚なんてキーワードは絶好のターゲットだ。
「さっちゃんさんを愛してるってホント!?」
「う、うん、あ、愛してる、よ」
「「「キャーーー!!」」」
愛してるって単語はそんなにキャー、なのかな……。舞い上がってるってことは、みんなは「愛」の意味を知ってる?
「ねえ、みんなは愛ってなんだと思う?」
「結婚してる人は哲学的になるんだね」
「愛は愛だよねー」
「うんうん、愛は愛だよー」
「愛は愛……」
うーーーん……わからない、謎だ……。
やっぱりさっちゃん……サーシャに聞いた方がいい?
でも、愛してるって言っちゃったし、今更「愛ってなに?」って聞くのもなー……。
生活の中でちょっとづつ盗み見てく?
サーシャはきっとたくさんの愛を見せてくれると思う。愛してるって言葉を使いこなしてたもんね。ランニングや二刀流みたいに、陰ながら練習してたに違いない。
ホントに超優等生だよね……。
同等かそれ以上の力をみにつける、か……はぁー……。とにかく、この後の授業は真面目に受けよう。超優等生は授業を真面目に受けるものだからね!
ゴォーン……ゴォーン……ゴォーン……
……やっと放課後になったよ……やっと質問ラッシュから解放される。
今回は熱量がすごかったのでものすごく疲れた。
ずーっと、愛、結婚、夫婦の繰り返しだ。
サーシャ呼びに関して聞かれたのはちょっと気分転換になったのでよかった。これはわたしの中でちゃんとしたルールを決めてるので答えるのが楽だ。
「サーシャ」は夫婦になったわたしが考えたわたしだけの呼び方。他の人は呼んじゃダメ。簡単で絶対のルール。サーシャが「アリアだけのサーシャ」って言ってくれたから、それはちゃんとしたい。
「ふぅ、あとは図書室で勉強しながらサーシャを待つだけだね」
図書室に行き、社会学の復習を始める。
……すごく楽だ……なぜだろう? 社会学が苦にならない。サーシャ効果はあるんだろうけど、それ以外にも原因があるような気がする……。
ふむ、ふむ……、ふむふむ……「愛」に比べたら全然わかりやすい。
あ、これが原因か。
愛について考えていて、愛について聞かれて試行錯誤してたから簡単に感じるんだ。愛は見えないけど、社会学は文字として目の前に答えがある。そりゃあ簡単だよね。愛に比べたら楽勝、楽勝……。
ゴォーン……ゴォーン……ゴォーン……
「6時間目も終わりかー……」
この後はサーシャと道場に行ってユリ姉さんに会う予定だ。
なにしてくれるんだろ? サーシャの特別稽古とか? ありそうだね……。
ユリ姉さんはサーシャのことを弟子って言ってたし、愛の熱血指導があるのかもしれない……ん? 愛?
「アリア、お待たせ」
「あ、サーシャ……」
「一緒にトイレ行こ」
「え?」
「ほら、いこ」
「あ、うん……」
なんで急にトイレ? 来る途中に寄ってくればよかったんじゃないの?
「こっち」
「え?」
バタン……
トイレの個室に入った……二人で……。
は? 二人でトイレ? どうしたの?
「ゴメンね、ちょっと抱かせて……」
「え?」
サーシャが抱きついてきた。
どういうこと? なんでトイレの個室で抱き合ってるの? これも「愛」?
「うぅ、う、う、う……」
……泣いてる? サーシャが、泣いてる……。
「ゴメンね、アリア。しばらくこのままで、泣かせて……」
「うん……」
……ずっと泣いてる。なにかあった? こんなに弱々しいサーシャは初めてだ……。
震えて泣いてる……。幽霊ショックの時とは違う、すごく弱々しい泣き方……。
「……どうしたの? なにかあったの?」
「……うん、今朝のことでちょっとね……昔を思い出しちゃって……」
「今朝のこと……あっ……」
なんで忘れてたんだろ……今朝のこと……。
校長先生に「殺す」って言ったこと。
ユリ姉さんは全校に広まってるって言ってた……そして、しばらくの間、嫌がらせや陰口を叩かれるって……。
わたしが結婚や愛についてクラスメイトとワイワイしている間に、サーシャはずっと嫌がらせや陰口を受けていたんだ。こんなになるまで……。
わたし、ホントにバカだ……遠くにある愛をずっと考えて、一番近くの一番大切なものを忘れてた。クラスメイトと愛について語る前に、サーシャの様子を見に行くべきだった……。
「ゴメンねサーシャ、一人にして……明日からは毎時間会いに行く。休み時間はずっと側にいる、愛してる」
「うん、うん……愛してる、愛してる……ずっと、側にいて……」
「うん、愛してる、ずっと側にいる」
「愛」が自然に出て来た。愛がハッキリわかる。
愛は愛……その通りだね……この気持ちは表現できない……大好きとは全然違う。
……この気持ち、直接サーシャに伝えたい。そうすれば、少しは楽になるかもしれない。
癒しの氷の改良版、愛の氷……。
簡単だ……簡単にイメージできる……。
「……愛の氷」
「え……?」
「サーシャ、これ、わたしの愛の形。食べてみて、あーん」
「……あーん」
「どう?」
「……ぐすっ、うん、アリアの愛をいっぱい感じる……愛してる……アリア……」
「わたしも愛してるよ、サーシャ」
よかった、泣きやんでくれた。
あとは落ち着くまで抱きしめてあげればいい。
愛をこめてずっと……。